『バレンタイン狂奏曲♪』

「あの…、あの…、楓さん」
「はい」
それは突然のことだった。
振り向くと顔を真っ赤にしたみる様が、話しづらそうにしてたっていた。
「お願いがあるんですけど…」
「お願いですか?」
こういうときのみる様のお願いというのは、極めて個人的なことで
そういうプライベートなお願いの時はものすごく遠慮される。
彼女は、もっとわがままを言っていいと思う。
いや、彼女にはもっとわがままを言ってもらいたいと思っていた。
そう、私達は彼女に無理を強いているのだから。
だから、言ってもらえる方が気分が楽だった。
「それで、お願いというのは?」
「あの、笑わないでくださいね」
「はい」
「チョコレートの作り方を…、教えてください…」
「……」
最後の方は、恥ずかしさのためかかなり小さい声になっていた。
が、チョコレートを作りたいということだろう。
「チョコレート…ですか?」
コクン
真っ赤な顔で恥ずかしそうにうなづく。
「チョコレートが必要でしたら、わざわざ作られなくてもご要望のモノを取り寄せいたしますが」
「あっ、いえ…、あの…」
「……」
「手作りをあげたいんです。」
チクンっ
微かに胸の痛みを感じる。
でも、それにはあえて気づかぬフリをして
「わかりました。」
わたしは、優しくそう答えた。

多分、樹生に送るのだろう。
日神子であろうとするとするために、必死にがんばるいつものみる様と違い
普通の少女のようにはにかみながら言ったあの表情。
みる様のほんとうの素顔
彼女の純粋な心を表しているようだった。
そんな彼女の頼みをどうして断ることができるだろう。
例え、自分が樹生にほんのわずかでも好意をもっていたとしても、彼女のためにわたしはその感情さえも殺してしまえるような気がした。
否、しなければならないと思った。

わたしは、みる様のために家人に材料を用意させた。
そして、他のものには内緒で、もちろん樹生と念のために和也にもわからぬように取り計らい、みる様のチョコレートづくりにつきあう準備を整えた。
エプロンをつけ二人で調理台に向かう。
ほとんど料理をしたことのないみる様の手つきは危険極まりないものだった。
実際、わたしがしたほうが早いかもしれないと何度も思った。
しかし、『自分の手作りチョコ』を贈りたいと望まれてるみる様にとって、わたしがしてしまうことは無意味なこと。
わたしは思わず出しそうになる手を抑えるのに必死だった。
多分、これが他の者ならどんなことになっても手を出さないだろう。
『みる様』だからかもしれない。
だから、せめて優しく、丁寧に教えた。
そんなわたしに応えるように、みる様は教えた通りにやろうと必死でがんばっていた。
しかし、思いとは反対にがんばればがんばるほどチョコは飛び散り、あたりは修羅場と化していく。
わたしはそんな状況を少し楽しんでいた。
必死にがんばるみる様をみていると、自然に頬がゆるんでしまう。
誰かと、こんな風に楽しく料理したことなどなかった。
結果とかを気にせず、こんな風につくったことはなかった。
自分の料理を食べてくれる人のために完璧な料理を作る。
そんな風にしか作ったことがなかった。
「どうしてかなぁ」
「……」
「楓さんに教えてもらった通りにやってるつもりなのに…」
すこし半べそをかきながら、みる様は必死でチョコと格闘する。
「大丈夫ですよ、あともう少しです」
「はいっ」
素直にうなづいて、またチョコと向かい合う。
ふと、妹のような愛おしさがこみ上げてくる。
妹と楽しく料理しているような錯覚を感じた。
(何を考えている…)
甘えてしまいそうになる自分の心をあわてて叱咤する。
いついかなるときも神子守であることに徹しなければ。
「楓さん?」
「はい?」
「ごめんなさい…、わたしが下手だから…」
「いえ、そんなことは…」
「……」
考え事をしていたのを、何か誤解されたらしい。
いつも人に気を使っているみる様らしい優しさの裏返し。
「少し考え事をしていただけです。」
「はい」
「料理は根気ですよ。がんばりましょう」
「はいっ♪」
明るいみる様の声を聞きながら、わたしは午後の楽しいひと時を過ごした。
………
……

なんとか完成したチョコレートを綺麗にラッピングする。
「出来ましたね」
わたしは感慨深げに声をかける。
「……」
「みる様?」
「……」
「みる様?どうかなされましたか?」
「えっ、あっ…、いえ…あの…」
「みる様、手を出してください。」
「えっ?」
わたしは真面目な声で言う。
「……」
「……」
みる様が手を出されるのをじっと待っているわたしに観念したように、みる様はそっと左手を差し出した。
その手にわたしは『人』という字を三回書く。
「飲み込んでください」
「えっ」
「……」
「あっ、はい」
みる様は、あわてて左手を口もとにもっていき飲み込む。
くすっ
わたしは、イタズラな笑みを浮かべる。
「落ち着かれましたか?」
からかわれたと気づいたみる様の顔が次第に赤くなる。
「か、楓さん…」
「くすくすっ」
「楓さんのいじわるっ!!」
ポカポカと軽く叩かれる。
「その意気です。がんばって渡しにいってらっしゃい」
「楓さん…」
「……」
「…ありがと」
わたしにしか聞こえない、小さな声でささやかれた感謝の言葉
それだけ十分だった。
みる様のために…
それが今の自分の生きる糧
ほんの微かな感情の揺らぎのためにその想い見失ってはいけない。
みる様の笑顔は、それを教えてくれた。
「さぁ」
わたしは、優しく背中を押してやる。
その手をバネに、みる様は元気に想い人の元へかけていった。
「……」

……でも、やっぱり心配だな。
そう思ったわたしは、そっとみる様には気づかれぬように後をつけた。
そして、草葉の陰に隠れてみる様の様子を伺う。
「みる様、がんばって」
わたしは、みる様に聞こえないように声をかける。
ちょうどその時、みる様がキョロキョロ探している向こうから樹生があるいてくるのが見えた。
(いまだっ)
その樹生に気づいたみる様が、チョコを渡そうとかけよる。
その直後だった。
みる様の前を黒い影が横切ると
「パパっ♪」
(何っ)
黄泉の裔、瀬梨といったか。
彼女が、樹生に近づくとチョコを差し出した。
「なっ、瀬梨!?…とみる?」
二人の突然の出現に、樹生は何がどうなっているのかわからないというようにあたふたとパニクっていた。
(未熟者めがっ)
仕方なく、わたしは神力を形にした剣を手にすると瀬梨の前に飛び出した。
「日向!!」
後ろから樹生の驚きの声があがる。
しかし、わたしはその声には答えず、目の前の黄泉の裔に剣を向ける。
「みる様の邪魔はさせん」
「楓さん!?」
「みる様、早くっ」
「はいっ」
「もぉ〜、邪魔しないでよっ」

楓に邪魔をされて地団駄を踏む瀬梨
真っ赤になりながらも樹生に無事チョコを渡したみる
こうして、また日の宮と黄泉の裔の溝は深まるのだった♪



2005/02/08 by薫