「やあ、例の『牙』は確保できたよ」
「そうですか……貴方がた……いえ、貴方ともどもうちの因幡は喜びそうにない話ですが」
「んー、まあその辺の話はいいじゃないか。獣類の転輪は目覚めてるだけの半端な連中よりよほど役に立つ」
「その点については、確かですね。まあいいでしょう、こちらの手札が多くて損をすることはありません」
「そういうこと。あ、発現には餌が必要だろうから、何人か借りてくよ」
「構いませんが、あまり使える駒は持っていかないでくださいね」
「了解、じゃあまた」
 ガチャ ツー ツー ツー


『牙の裔』
ゆげちまる



「ハーイ! 今日も仕事の時間だよー!」
「五月蝿え」
 朝っぱらから妙にハイテンションな声が耳を劈いた。
 迂闊にも寝起きに電話をとったせいだろうか。
 受話器越しに聞こえてくる声量、声質、内容すべてがあまりに不愉快で、その言葉を聞き届ける前に電話を切った。
 どうせすぐにもう一度かかってくるだろうから、あらかじめ電話線も引っこ抜いておく。
 このマンションに借りた自室の数少ない家具である壁時計に目をやると、時刻はまだ朝の7時。
 今日も今日で仕事はないから9時まで寝てたって問題はない。
 貧乏人は貧乏人らしく極力エネルギーを使う活動は押さえ、お日様は最大限利用する、それが9時という数値なのだ。
 あーにしても仕事がねえ。
「仕事くりよう……依頼くりよう……」
 怨嗟のように財政難の理由を呟きながら、俺の身長と同じ程度のソファに寝転がり、タオルケットを被る。
 さてもう一眠りしますか、と天井に向けて大あくびを放つ。
「あれ、待てよ」
 そこで不意に思い出す。
 謎の電話の内容を。
「って、仕事の電話かっ!?」
 寝ぼけ頭はこれだからいけない。
 肝心なコトを失念してあやうく餓死寸前に追い込まれるところだった。
 慌ててソファを飛び起き電話線を繋いで、その前にしゃがみこみコールを待つ。
「……………………」
 だが待てど暮らせど電話は来ない。
 時計の針はあれから短針が二つ分も進んでおり、もしかしたらもうかかってこないんじゃないかという恐怖にじわじわと迫られる。
 マズイな、このままでは地球が危ない。
 特に俺の生活周りに大飢饉が流行する。
 脳内で色々と考えられる恐ろしいシナリオを回転させ、より焦燥を増幅させていく。
 そうやって想定される最悪のシナリオに頭を抱えていると、突然我が家の玄関のベルが間抜けな音を立てて来客を知らせた。
「おはようございまーす、荷物お願いしまーす」
 む、どうやら宅配便のようだ。
 何か食事でもあれば助かるのだが、と一縷の望みをかけて立ち上がる。
「はーい」
 叫ぶように返事をして、木張りの床を小走りで進み玄関の扉を開ける。
 そこには別に見覚えもない普通の制服を着た若い兄ちゃんが愛想笑いで立っていて、適当にやりとりをかわしてから受領書にサインをして荷物を受け取る。
「ありがとうございましたー」
「あい、ごくろうさん」
 帰っていく配達の兄ちゃんの背中を一瞥してからドアを閉め、腕一杯に抱えられたダンボールを玄関に置く。 
 とりあえず中身を検めようとガムテープを剥がして中を覗いた。
 するとそこには白い包装紙に包まれた分厚い何か、そして紙切れ――メモが入っている。
「えーと、なになに……」
 メモということは読めということだろうから、すぐに手にとって書かれている内容に目を通した。
『注文の替え刃。一本だけ儀式礼装済みだから、困った時に使うべし』
 それを見て、すぐにこれが何であるか納得した。
 と、ここに来てタイミングよく電話のコール音が鳴り響いた。
 恐らく、いや間違いなくアイツだろう。
 殆ど跳ぶようにして電話の前に駆け寄り、その受話器を引っつかんで耳に当てる。
「おう、さっきは悪かったな」
 相手が誰か確認せず喋る。
「折角良い朝を迎えさせてあげようと配慮したのに、あれは酷かったね」
 嫌味ったらしく、皮肉をこめた声色でぼそりとぼやかれる。
 突っ込むポイントはあるんだが、わかってはいたことなのでスルーしよう。
「ま、それはともかくとして。どう、例のモノは届いたかい?」
「ああ、一応な。まだアタッチメントとの相性は確かめてないが、向こうさんにはいつも世話になってるし寸法は大丈夫だろ。切れ味も一振り10回持てば上等だ」
 例のモノ、とは先程届いた荷物。
 その中身は俺こと沖嶋仁(おきしま じん)が仕事で愛用するエモノ、馴染みの刀匠・吾妻爺さん制作による刀。
 欠月と名の付けられたそれは、腕に巻く皮ベルトの金具に取り付けて使用する、脱着式の三日月を半分に割ったような形の刀である。
 腕の振りと連動する為動かしやすくはあるが、能動性を考慮した結果軽量になったので純粋な日本刀のように威力がないのは仕方ないことだ。
 なお、軽量化の影響で耐久性が著しく落ちており、また切れ味もすぐ悪くなるので、事実上使い捨てとなっている。
「しかしまた大量に頼んだね。君は何でも屋と銘打ってる割に痛い仕事が多いから、備えあれば憂いなしってことか」
 電話口で、呆れたように言う声。
 この声の主は、ベビーシッターに便所掃除、さらには護衛に誘拐までこなす『何でも屋』を俺が経営する上で、大きな仕事を持ってきてくれる重要な仲介人でもあったりする。
 割と付き合いは長いのだが、未だに彼の本名はわからず、ただエイティという通称のみが裏社会では知られていた。
 もっともそのことで俺にデメリットがある訳ではないので黙認しているというわけだ。
「そゆことだ。あ、早々、そういえばなんだあのメモ書きは。儀式礼装うんぬんとか書いてあったが、ありゃなんだよ」
 メモ書きの中のサッパリ聞き覚えのない単語を思い出し、どういう意味なのか尋ねる。
「あー、えーとね、今回もまた仕事を持ってきた訳なんだけど」
「ありがとう。マジ助かる。死ぬかと思ってた」
「……兎に角、今回の仕事内容だけど、誘拐を頼みたいんだ」
 俺の質問に関してはすぐに答えない。
 どうやら話の中で自然に出てくる内容のコトらしい。
 そう割り切って特に口を挟まず続きを促す。
「誘拐か。殺人以外なら何でもやるぞ、OKだ」
「うん、まあそういうと思ってた。で、今回のその誘拐する人物なんだけど、さっきの荷物に写真を同封してあるから」
 言われて、玄関に置いてあったダンボールを電話の傍まで引きずってから、中身を漁る。
 すると一枚の封筒がでてきたので早速写真を取り出してみると、そこに映ってるのは登校中と思われる、制服を着た女の子だった。
「なんだ今度は中学生かよ。で、一体どこの金持ちのお嬢さんだ?」
「中学生じゃなくて高校生だよ」
 言われて、写真にもう一度目を移す。
「……なるほど」
 顔はどう見ても中学生、へたをすると小学生だが……むぅ、なかなか発育がよろしくて。
「君がどこを見て納得したかはあえて言及しない」
 見透かしたようなエイティ。
 っていうかもろに見透かされてましたチクショウ。
「まあそれでその子なんだけどね、どこぞの令嬢とか、そういった話とは今回かなり毛色が違う」
 む、と思わず眉を顰める。
 今までにないパターンだ。
 しかもエイティの声色が心なしか真剣になっている。
「日の宮、というのは聞いたことないかな」
 エイティの口から出た単語をすぐに吟味する。
 聞いたことあるようなないような…………あ。
「あれか。腹黒い金持ち連中が躍起になって手に入れようとしてるやつか。なんだ、不老不死とか超能力とかだっけ?」
「少し認識が違うけど、まあだいたいはそんなものだね。詳しい事情を知らないと困るだろうから一応説明するよ。
 その写真の子の名前は大槻みる。日の宮では日神子という、事実上、長に位置する人物だ。彼女らは神力という、まあ人間の潜在的な超能力のようなモノを自在に操り、日本の平和を影で守ってるらしい。君も退魔の出だろう? その辺少しは知ってるんじゃないかな」
「いんや、全然。退魔とか俺の家系とか言われてもサッパリだ。わかるのは俺の家計が今ピンチということだな」
「……そうだったね、いや、失敬」
 エイティや、他にも昔吾妻爺さんに言われたのだが、どうも俺の家は退魔とかいって妖怪とかと戦ってたらしい。
 その辺リアルだし信憑性はともかく、まああるもんはあるもんだと割り切ってしまう性格なので、とりあえずこの手のカルト話は聞いても驚かない。
 もっとも詳細は全然知らないのだけれど。
「それでだ。今回はその神力を操る日の宮の人間の中でも最重要人物であり、神秘の力を持った大槻みるを誘拐し、クライアントに引き渡すのが仕事」
「んー、つまりこういうコトか。その神力とかいうのが金になるとか、富を齎すとかそういうコト考えた成金アホウのご依頼と」
「実に的確だよ、ジン」
 うーむ、あまり気乗りのしない仕事内容だな。
 っていうかあんなガキがそんなしがらみ背負ってるのも何か納得いかない。
 子供はもっと子供らしく青春を謳歌しろっての。
「ま、仕方ないか……」
 それでも財政難は逃れられない。
 俺はコリコリと頭を掻いて、深呼吸をしてから続ける。
「で、成功報酬は」
 尋ねると、実に簡潔に答えが返ってきた。
「五億」
「……………………」
 えーと、五億ってなんだ?
 五億リラ? 五億ペソ?
 それとも五億元?
「ご・お・く・え・ん」
 念を押される。
 そして俺は頭を押さえる。
「待て、罠だこれは!」
「別に罠じゃないよ、ただそれだけの価値が大槻みるにはあるってことさ」
 ぬぅ……恐るべし、女子高生パワー。
 なんか違うけど。
「しかし、そんなに出るってコトは、やっぱり危険なんだよな?」
「そりゃ勿論。大槻みるの周りには、いつも三人の守と呼ばれる人間が護衛をしていてね、これがまた厄介らしいんだ」
「当然と言えば当然か……で、俺はそいつらをぶっ倒さないとお姫様ゲットは無理、と」
「そういうことだねえ。どうする? 今回ばかりは君のポリシーでもある不殺での依頼達成は難しいよ」
 確かに、と目を瞑り、思考を巡らせる。
 しかし目の前をよぎるのは五億円という単語ばかり。
 くそ、空腹だとロクなことがない。
「……いや、まあ、仕方ない。絶対殺人だけはやらないが、可能な限り努力してみるか。俺も一応、そっちのカルト側の人間みたいだし」  
「よし、交渉成立だ。早速手配しておくから、詳しい資料はまた後で送るよ」
「わかった」
 それだけ言って、俺は受話器を置いた。
 しばし、部屋を静寂が包む。
 もともと物が少なく生活感に乏しい部屋が、より一層寂しく見えた。
「覚悟……するかねえ」
 呟いて、刀を整理するためにダンボール箱に手をつけた。
「あ」
 と、ここで大事なことを思い出す。
 結局儀式礼装ってなんだったんだろう。
「……………………」
 まあいいか。



 真昼間の住宅街。
 少し商店街に出てしまえば主婦などで賑わうのだろうが、学校の周辺というのはとにかく家ばかりで何もなく、道には人気がまるでない。
 勤勉な学徒諸君は学び舎に篭り研鑽に励んでいるのだから、当然姿を現すこともなく。
 もっとも、俺は傍目に見てかなり変な格好で来ているので、人目を気にしなくていいのは好都合だ。
 変な格好、というのは動きやすいように肘や膝の間接部だけ生地を切り取り皮ベルトで吊って繋いでいる、上はジャケット下はGパンという我ながら妙ないでたちだ。
 右腕には欠月を装着する為のベルトを巻いており、服を吊っている皮には投げナイフの入ったポーチをつけてある。
 一番のミソはジャケに隠れて見えないが、背中に6本程替え刃を仕込んでいることだ。
 まあそんな全身武装モードでこんなとこに来たというのは、要するに仕事の決行日だということ。
 事前に5回程下見に来て、大槻みるの行動を調査し、結果昼休みには中庭で彼女を含む生徒四人で食事をとっているということがわかった。
 かなり強引だし姿もバッチリ見られるが、幸い俺の顔は長い前髪で隠れてしまうので、まあ特に問題はないだろう。
 不安要素と言えば、彼女の周りに守と呼ばれる者らしき人物の姿が見えなかったことだ。
 一緒にいる人間と言えば、同じ学校の生徒三人。
 とりあえず彼らを巻き込むのもしのびないので、守に見つかる前にという意味も込めて、一撃離脱で自然にいくとしますか。
 そんなこんなで今回の計画を頭の中で再確認して歩いていると、やっと学校の前にたどり着いた。
 中からは生徒の笑い声などが聞こえ、時間はもうばっちりと昼休みに突入している。
 校門は防犯対策の一環としてか、或いは不良生徒が簡単に出れないようにという配慮か、キッチリと締められている。
 ま、ムダだけどな。
 俺は片手を乗せて軽く力をいれ、ひょいと一息跳び上がり、跨ぐようにして校門を乗り越える。
 校舎の方からは声が聞こえるが、流石に門の前まで生徒は来ていないようで、まだ誰の姿も見えない。
 なので特に気にせず、中庭の直通ルートをとることにした。
 風が運ぶ蜜柑色のなにかが印象的な良い香りを運んでくる。
 秋口の涼しい風と共に肌に感じるそれは、これからの任務を思うと逆に憂鬱にさせた。
「ま……仕方あるめえ」
 そうして、中庭に続く校舎の角を曲がった。
 そこには複数の生徒がおり、各々食事なり雑談なりに興じている。
 一部の生徒は俺に気づいたようで、奇異の視線を向けてくるがそれは愛嬌。
 とりあえずぐるりと周囲を見渡して、目的のお嬢ちゃん探す。
「……いた」
 大槻みるはいた。
 いつもの三人と一緒に花壇の傍に座り、弁当を広げている。
 その顔は写真に写ってるように幸せそうな笑顔をしており、時折あげる笑い声がこちらまで聞こえた。
 が、仕事は仕事。
 情に流されても詮無きコトだ。
 割り切って、俺は四人の許へ歩み寄った。
 すると、俺の接近に真っ先に気づいたのは綺麗な黒髪の女子生徒。
 鋭い眼差しでこちらを睨みつけてきた。
 それにつられたのか、何かあったのという表情でのんびりと俺を振り返る男二人。
 目標である本人は背中から近づいたので気づかない。
 なので、とりあえず彼女のすぐ真後ろに立った。
「よっこらせ」 
 そんで、躊躇いなく抱き上げる。
 いわゆるお姫様だっこ。
「え?」
 腕の中で、大槻みると目が合った。
「悪いね、お姫様。ちょっち付き合って」
「ふえ!?」
 ぶおん!
 同時に、耳元を、とんでもない速さでナニカが通り過ぎていった。 
「…………あら?」
「貴様、何をしている」
 見ると、いつの間に立ち上がった――いや、いつの間に蹴りを放ったのか、黒髪の少女の足が俺の耳をかすめる形で通っていた。
 思わず、冷や汗。
「あ――いや、その、誘拐しようかなと」
 そうして睨みつける瞳があんまりにもおっかないんで、思わず正直に答えてしまいました。
 その言葉に反応したのか、後ろの少年二人も立ち上がる。
「誘拐……そうか、ここ数日みる様をしつこく嗅ぎ回っていた犬はお前か」
 げ、バレてる。
 って、待てよ。
 今みる様とか言わなかったか。
 そう気づき、あの蹴りを思い出してみる。   
「……もしかして、君達が日の宮の守ってやつ?」
「わいらのこと知ってるっちゅーことは、やっぱあんさん黄泉の裔やな?」
 俺の質問に答えつつ、関西弁の少年が尋ねてきた。
 だがその言葉の中に含まれていた単語は全然訳がわからなかった。
「は、離して!」
「うん? ああ」
 腕の中で大槻みるが暴れてるのでとりあえず離す。
「って離してどうする!?」
 三人の後ろに庇われるようにして下がった大槻みるを見て俺は自分に突っ込んだ。
 くそっ、関西弁が変なコト言うからついうっかりしちゃったじゃないか。
「な、なんなんだこいつ?」
 あー、なんかカッコイイ顔の子が呆れてますよ。
 当然ですが。
 と、不意に周囲ががやがやと騒然とし始めた。
 どうやら生徒の殆どがこのやりとりに気づいたらしい。
「まずいな。和也!」
「任しとき!」
 するとなにか、関西弁が掌の形をシュバシュバってな感じで素早く何度も変えて、指で型を組んでいく。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
 呪文……? 
 あれか、これが噂の神力とかいうやつか。    
「オン マリシエイ ソワカ!」
 と、同時に、ふわっという生温かい風が俺の全身を撫でた。     
 何が起きたのか、或いは何が起きるのかと警戒し、目の前の関西弁を凝視する。
 ……が、何も起きない。
「…………んと、なにかしたの?」
 アホみたいに聞く俺。
「なんや隠形も知らんのかい。とにかく、これでわいらの姿は周りから見えへんようになってる。今のうちに場所変えるで」
 オンギョー?
 新手の怪獣か何かか。
「ってそれよりも、俺誘拐しにきただけだから別に場所変える必要ないんだけど」
「注文の多いやっちゃな、空気読まんかい」
「俺が悪いのか……」
 ともあれ、あの三人の守――まさかあんな子供とは思わなかった――がああ言ってる以上、倒さないことには仕事できないんだろうなあ。
 仕方ないのでしぶしぶ三人を追う形で、人気のない校舎裏へと走った。
 そうしてこの場所に追い込んだのか追い込まれたのか、三人と俺が対峙する。
 できればさっさと大槻みるをさらって帰りたかったんだが、随分な予定変更を強いられたものだ。
 まあこうなってしまっては仕方がない、とりあえず訊きたいことを訊いてみよう。
「なあ、さっき言ってた黄泉の裔ってなんだ?」
「ん?」
 俺の言葉に疑問を抱いたのか、黒髪の少女が顔を顰めた。
 少し吟味するように黙考し、解答が出たのか相変わらず俺をねめつけたまま鋭い声で言い放つ。
「そうか、お前は金で雇われた口か」
「ん、まあそういうことになるな。あ、雇い主は秘密だからな、教えんぞ」
 こればかりは相互信頼というやつだ。
「なら先に忠告しておこう。この件からは手を引け。普通の人間が関わっていい話ではない」
 普通の人間……それは、神力を持たない、俺達肉体資本の人間のことだろうか。
 きっとそうだろうな。
 だがそう言われたところではいそうですかと手を引く訳にはいかない。
 なにしろこっちも生活かかってるからな。
「ま、なんだ。神力とかいうのがどんな大層なモンかは知らないが俺は金さえ貰えればどうでもいいし、金が貰えないのは非常に困る。だから、話し合いは無駄だ」
「……阿呆が」
 俺みたいな手合いは今まで結構相手にしてきたのか、諦めたように呟く。
 きっとそうやって悉く俺のような、或いはもっとバカみたいな台詞を吐かれてはギッタギタにしてきたのだろう。
 その点は同情するが、先達の二の舞になるつもりはない。
「みる、もっと離れてろ」
「う、うん」
 始める空気を悟ったようで、守の一人が大槻みるを下がらせる。
 これで完全に、こいつ等を倒すしかなくなった。
 さあ始めようかと、背中からジャケットの裏生地に手を入れ、刀を取り出し腕に装着する。
 ガチンという小気味よい金属音がして、はまり込んで固定されたことを腕を振って二、三確認した。
 完璧だ、どこにも支障はない。
 流石吾妻爺さん、いい仕事してる。
 そういやまた俺の質問は知らない間にスルーされてるが、さして重要なコトじゃない。
 ま、いいや。
「じゃま、ぼちぼちいくぞ、ガキ」
 見たところ相手は丸腰、一瞬で気絶させ、その後大槻みるを回収。
 そのイメージを頭に思い浮かべて、俺は地面を蹴った。
 まずは前面にいる黒髪の少女。
 女の子を殴るのは気持ちいいもんじゃないが、これも仕事だ、顔は外して鳩尾を捉える。  
「天切る地切る悪しき祓え」
 相手との距離は残り5m、あと一足で射程距離。
「祓い給へ清め給へ」 
 ん、妙だな。
 俺のスピードはそりゃまあ常人レベルで見たら化け物クラスだというが、それでも眼でなら判る。
 なのにこの少女は反応せず、ただ何か呟くだけだ。
 ――なにか、とても嫌な予感がして、足を止めた。
「……って、待てよ」
 なんか、手がめっちゃ光ってるんですけど。
 それで、手の中から剣が出てきてるんですけど!
「これがっ……神力っっっ!」
「そうだ」
 反応した時にはもう遅い、少女は剣を横薙ぎに一閃していた。
 こちらの間合いの外から攻撃されては避けるしかない、というかどうあっても避けるしかない斬撃を、背骨が折れるんじゃないかっていう勢いで後ろに体を逸らす。
 鼻先一寸を叫ぶような唸りを上げて、剣が通り過ぎていく。
 超危ない、向こう殺す気全開です。
 くそっ、やっぱり主君お守りするためには容赦せずってタイプか!
「やるなあんさん、あそこから楓姉さんの剣避けるなんて並やないで」
 少女の遥か後方から、飄々とした関西弁の声が聞こえてくる。
 それよりなによりとりあえず目の前の少女が怖いので、背を倒した勢いのまま片腕を地につき反転し、一足でできる限り距離をとる。
「オン キリキリ ソバカ!」
 するとそこに、緑色の光弾が山程飛んできた。
「な、んだよ!?」
 何かの手品かと思うそれを見て、本能的にヤバイと感じると体は勝手に動いていた。
 雨のように降り注ぐ光弾を、その場で最小限のステップをとり避ける。
 傍から見ればまるで踊っているようだろう、事実感嘆かそれともバカにしているのか、関西弁が口笛を吹くような動作をするのが遠目に見えた。
「破ッ!」
 と、そんなことを観察している場合でない。
 とりあえず光弾の一陣を躱しきったところで、少女の斬撃が来る。
 関西弁は、最後の光弾だけあえて無理な姿勢でしか避けられない場所に撃ちこんできた。
 ゆえに、それは避けようがなかった。
「なるほどこれが狙いかよっ」
 舌打ちして、俺は腕を前に出し、上段から振るわれる一刀に欠月を向けた。
 欠月は元々チャンバラ用の刀じゃないため、まともにガッキンガッキンやったら刃こぼれどころかすぐに折れる。
 だから受け流すようにして使うのだが……。
 バキィン!
「いづっ!」
 それでも少女は折った、いや斬った。
 刀を斜めにして少女の剣を受け流そうとした筈なのに、少女の剣は接触した部分から斜めに逸れていかず、そのまま真下に斬り進んだのだ。
 冗談じゃない。
 そんな訳で腕の痺れと共にあっさりと一つ目の刀を折られてしまった俺は、だがその刀を利用する。
 相手が予想外にすんげえ強いとかそういうことは問題じゃない、俺はやるだけ。
 斬られた衝撃で宙に舞った折れた刃をそのまま左腕の指で挟み、剣を振り下ろした少女の首筋目掛けて投げつける。
「防げよ!」
「くっ!」
 そして少女は予想通り防御に回らざるをえなくなり、剣で刃を切り払う。
 その隙に俺は、一撃を入れさせて貰う――
「いくぜええ!!」
 が、俺の拳が出る前に男の拳が目の前にあった。
 しまった、こいつが本命か!?
 っていうか眼が金色になってたり腕が蒼白く光ってたりー!
「ふんがあああ!」
 仕方ないので俺も根性入れて後ろに跳びながら、顔面と拳の間に左腕を滑り込ませた。
 ごり。
 激痛が腕から全身に伝わる。
 悲鳴をかみ殺しながら、ガードした衝撃でありえない程ぶっ飛んでいく体の姿勢を必死に立て直して、着地することには成功した。
「はっ、はっ」
 5m程飛ばされて、自分の腕を見てみる。
 すると完全に明後日の方向を向いており、色々と映像上やばいことになっていた。
 幸い肘でガードすることができた為、骨が折れる前に間接を外すことができた。
 衝撃を多少緩和できたので、体に問題はない。
 問題はない筈なんだが……。    
「はっ、はっ、はっ、はっ!」 
 息が……出来ない。
 なんだこれは、体の力がどんどん減衰していく。
 まるで殴られた箇所に穴が空いて、そこから全身のエネルギーが風船の空気みたく抜けるような感覚。
 勁か?
 いやそんな筈はない、あの男にはタメも呼吸もなかった。
 なら何故こんな……って、これも神力か。
「あっが……えふっ、べふ!」 
 厄介だなと言おうとして、胃液が溢れて咳き込んだ。
 くそ、呼吸がまともにできないから体がうまく動かない。
「まだまだ行くで! オン マリシエイ ソワカ!」 
 関西弁が、懐から何か紙のようなものを取り出して宙にばら撒く。
 するとそれが一つ一つ固まっていき、一つのオオワシ大の鳥の形となり、ばっさっばっさ羽を揺らしている。
 マジかよ……。
 本気でそろそろ命の危険を感じてきた。
 黒髪の少女も金ピカアイの少年も遠慮なく弱りきってる俺に突っ込んでくるし。
「ぐ、ぞ」
 急いで背中から替え刃を取り出し装着する。
 そして牽制のつもりで足のポーチからナイフを抜いて投げたが、少女は叩き落すどころか普通に避けて、手が光ってる少年の方は殴り落とした。
 あー、一応コンクリのブロックも壊せる威力と速度なのになあ。
 自分は人間の中ではかなり異常な鍛え方をしていて、相当なモノだと自負していたがまさかあんな化け物さんが普通に人間名乗ってるとは、世の中広すぎる。
 前進をやめない二人、そして遠距離から変な鳥で攻撃してくる関西弁。
 状況は悪すぎるが、それでも諦める訳にはいかない。
 生活かかってるせいもあるが、それ以上にこんな一方的に袋にされたまま終わってやるかよという反骨心。
「ぎ……がげ……しろっ!!」
 バヅンという派手な音を立て、自分の頬をひっぱたく。
 それで呼吸が戻った。
 よし、まずは先にあの関西弁を片付ける。
 いつどこに飛んでくるかわからない遠距離射撃程怖いものはないし、援護がなければ前衛二人のコンビネーションも崩れる。
 神力の補助がどういう効果を発揮しているのかわからないが、少なくとも脚に関しては俺の方が速いし、動く。
 少年の方は剣士である少女に比べて反応が鈍いだろうから、そこをくぐればなんとかなる筈。
 そう判断し、俺は一直線に少年の方に駆けた。
 俺が動いたことに一瞬驚いたのか動作に逡巡を見せる少年。
 その隙を突いて、俺は問題なく少年の脇をすり抜けた。
「しまった!」
「和也、行ったぞ!」
 言っても遅い!
「オン トナトナ カヤキリバ ウンバッタ ソバカ」
 関西弁はまた何か呪文を唱え始めたが、知ったことか。
 俺は躊躇なく踏み込み、ギリギリのレンジで間接をはめ直した左拳を突き出した。
 バキィン!
「……うぇ!?」
 またかよ!?
 くそ今度もまた訳のわからん素敵呪文で止められた!
 関西弁の前には魔方陣のようなモノが展開されており、それが防御壁となっているようで、俺の拳を静止させた。
「神力の使えんふっつーの人間にしちゃえらいやるみたいやけど、甘いな、兄ちゃん!」 
 思いっきり勝ち誇られてます。
 ああしかし幸いなのは、その壁がとんでもなく固くて拳が砕けましたってコトにならなかったことだ。
 あくまで魔方陣に手を突っ込んだ俺の腕が動かなくなっただけ。
 そう、動かなくなりました。
「に、逃げられねえ!?」  
「そゆこと」
 俺が頑張って引っこ抜こうとしていると、真後ろから甲高い鳥の声が聞こえる。 
 やばいやばいやばい。
 どうする、何か方法、方法はないか。 
 えーと切り札とか必殺技とかそういうもん…………。
「あ!」
 そうだ、エイティがくれたアレだ。
 儀式礼装だかなんだか知らないが、とにかくそれが施されてるっていう替え刃。
 困った時には使えってアイテムらしいから、今がその時だよな。
「…………」
 って取れないよ!?
 背中だし片手じゃ無理。
 いや無理と決めつけるのはよくない、ってかこのままじゃ確実にやられる。
 ええい、為せばなる成る、沖嶋仁は何でも屋!
 うりゃっという掛け声と同時に、片足を思い切り振りかぶってそのまま背中のジャケットを蹴り上げる。
 一瞬間接外しちゃったのでやっぱり危ない動きだが背に腹は変えられない。
 ジャケットを蹴った衝撃で、中に仕込んであった替え刃が、狙い通りバラバラと落ちてくる。
 それを見て、一つだけ色が違う、他が鈍色の刃に対し白銀色をした刀を、足で蹴り上げる。
 クルクルと宙に舞ったところをがちっと噛み付き歯で固定し、同じく歯を使いながら既についてる刃を外して右腕一本で白銀刀を装着した。
「何とか、してくれよっ!」
 もう鳥の泣き声は耳元に迫ろうかというところ。
 神にも縋る祈りを込めて、俺は目の前の魔方陣を装着した刀で思い切り斬りつけた。
 ザンッ
「え?」
 驚きを口にしたのは、関西弁でなく、俺の方。
 だが背中に迫る鳥を忘れて呆ける訳にもいかず、動くようになった腕を引っこ抜いて躯を捻るようにして突撃を躱す。
 ついでにと、そのまま回転の勢いに任せて鳥の尾羽を斬りつけてみると、そこからまるで破壊が伝播するように全身がバラけて紙に戻ってしまった。
「えー」
 もう一度、驚く。
 先ほどの魔方陣は、刀で斬った瞬間にズレて霧散した。
 その拍子に腕が動くようになったので――という訳なのだが、こうもあっさりといくとはとても思わなんだ。
「な、一体何したんや!?」
 ようやくこの状況を真の当たりにして我に返ったのか、関西弁が驚きの声をあげる。
 そんなん俺が知るか。
「砕ッ!」
 と、背中の方で声が聞こえたので、反射的に振り向き、かすかに見えた剣閃に刀を合わせる。

 キィン!
 それは、本当に驚いたことに、あの剣を受けるどころか跳ね返した。
 黒髪の少女もこれに驚いたのか、そのまま追撃しようとせずに後退する。 
 えーと、これは一体どういうことだろう。
 とりあえず儀式礼装とかいうのが効果を現しているのは間違いないんだろうけど、こういうコトなのだろうか。
 今までのカタナと見た目が違うのは色だけで、指で小突いた音や厚み重さから判断しても硬度が変化した訳ではない。
 ならばこれは、あの神力とやらに対抗する為に、特殊なコーティングを施されたということか。
 ここで戦力分析。
 今まで俺が圧倒的に押されていたのは、単純に神力というモノに対し対抗する術がなかったからだ。
 しかし今は儀式礼装がある。
 これは相手の神力による効果その他に干渉できるものと考えられる。
 即ち対抗力であり、有効な武器だ。
 元々の肉体と出来ではどうやらこちらが上。
 ならば、不利な要素は向こうが三人であるという一点。
 このケンカ、うまくいけば……勝てる!
「よっしゃ、今日の晩飯は焼肉だー!」
 自らを鼓舞する魔法の呪文を唱え、俺は刀を構える。
 後方には関西弁、前方には二人が警戒するように距離を置いている。
「あれ、でも挟まれちゃってるこの状態、まずくないですか?」
 言ってしまったのが悪かった。
 それに気づいたかのように三人の一斉攻撃が始まる。   
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
「はあああっ!」
「砕破ッ!」 
「ひぃぃっ!」 
 後ろから大量のマシンガンじみた光弾。
 前から二人の少年少女がすっごい剣とすっごい拳で殴りかかってくる。
 どっちだ、どっちに対応する!?
 極限状態の中で、すぐに選択する。
「とりあえず、こっち!」
 とっても痛そうだけど、あえて一発では死ななさそうなマシンガンを選んだ。
 高速で飛来するそれらを可能な限り叩き斬って、急所への直撃だけは避け後は根性で我慢。
 バチバチと肉を焼く光弾は激痛どころの話じゃないが、動けない訳じゃない。
 本当に気合としか呼べないような無茶な突破で光弾のマシンガンを突きぬけ、再び何かをしようと指を組んでいる関西弁の顔面を全力で殴りつけた。
 容赦なく顎を捉えた拳は悲鳴を上げることさえ許さず相手を昏倒させる。
「一人目!」
 すぐさま背中を振り返り、接近している黒髪の少女が振るう剣に刀を合わせる。
 打ち合わせた衝撃は腕全体に走り、正直折れるんじゃないかっていうくらいだが、刀が耐えてくれるなら俺も負ける訳にはいかない。
 躊躇わず肩口に切り返してくる少女の斬撃を姿勢を極端に低くして避け、そのまま水面蹴りを放った。
 踏み込みの為にしっかりと地に着いていた足は衝撃をモロに受け、バランスを崩しそのまま地面に倒れこむ。
 そこに、悪いなと心の中で謝りつつ、少女の腹に拳を落とした。
「二人目!」
 意識は奪えなかったが、立ち上がれはしないようで、憎々しげにこちらを睨む少女に背を向け、最後の一人と対峙する。
 拳に光を宿す少年は、裂帛の気合に乗せ、左拳を全力で叩き込んでくる。
 その速さは正直肉眼では追えない。
 だが分かる、それが俺を倒そうというのなら、狙う箇所は俺の顔面ただ一点。
 わかっていれば避ける、俺は顔を逸らしながら、その拳へと自ら踏み込み、拳を撃ち込む。
 びゅごうという音が耳元でして、頬の皮膚が裂け出血する痛み。
 だが、躱した。
 交差する腕、完全なタイミングでクロスのカウンター。
 それは見事に目の前の相手の頬を捉え、先とは逆に、俺の拳が男を撃った。
「三人目……!」
 わずかな呻き声を上げ、少年は目の光に影を落とし、地面に伏した。
 これで全員……なんとか仕留めた。
「樹生くん! 楓さん、和也くん!」
 遠くで、大槻みるがこちらに叫んでいる。
 その表情は、こいつらを心配しているように泣きそうな顔で、何かを躊躇っているようであった。
 何かってまあ、そりゃ、きっとこいつらを俺から助けようとか考えてるんだろうなあ。
 彼女の様子から一発でわかった。
 ああ、いい子だ、でも悲しかな、これもビジネスなんだ。
「さて」
 大槻みるをさっさと回収しようと、一歩踏み出そうとする。
 が、
「待て……」
 凄い力で、足を握られた。
「な、ぎ!?」
 ばぎりという音がして、足が砕けた。
 足首の骨が完全に握りつぶされ、俺はバランスを崩して地面に倒れこむ。
 何が起こったのかと把握しようと首だけ後ろを振り向くと、そこには地面に寝たまま上半身だけ起こし、俺の足首を掴んでいる少年の姿があった。
 瞳の金色の輝きはより力を増し、掌から立ち上る淡い光も陽炎から濁流へと変貌している。
「樹生くん、大丈夫なの!?」
「ああ、安心しろみる。俺達は、お前に指一本触れさせない」
 ざりと、耳の近くで砂を擦る音がする。
「その通りだ樹生。私達の使命は、みる様をお守りすること」
「せやからまだやな、まだ全然平気や」 
 音のした方向を見れば、確かに倒したと思った二人も立ち上がっている。
 しかしそこから状況を分析する間もなく、寝ていた筈の俺の体が宙に浮き上がった。
「うわ!」
 否、放り上げられた。
 樹生と呼ばれた少年が、有り得ないような腕力で、俺の砕けた足首を掴んだままぶち上げる。
 激痛どころじゃない気絶しそうな痛みが全身を走るが、今大事なのはそういうことじゃない。
 逆さまになっていることで180度回転した視界。
 そこで、樹生が腰を捻り、思い切り溜めの動作に入っていた。
 何が来るかは容易に想像がつくから、俺は身を躱そうとする。
 だが空中では思うように動けない。
 くそったれ。
「はあああっ!」
 内心で悪態を突いて、咆哮を上げる樹生の拳を防ごうと、刀の背を胸の前に構える。
 次に何が起こったのかはわからない。
 その拳はあんまりにも速くて、ガードできたのかできなかったかすらわからない。
 けれど胸に風穴が開いてない辺り何とか受けはしたのだろうと思いながら、胸に鉄球を落とされたような衝撃で肋骨を数本粉砕しつつ、校舎の壁に激突した。
 呼吸が詰まって声も上げられない。
 衝撃を一切緩和することなく叩きつけた背骨はキィキィと悲鳴を上げ、脳漿はぐらぐらと沸騰するように熱暴走している。
 脊髄をやった影響か、四肢は動かず意識は沈む。
 眼前に迫る剣士とその背後からアホみたいな量の光弾が飛んでくるのが見えても、俺には対処しようがなかった。
 あー参ったな。
 どうしようもないぞコレ。
 何したらいいのかわからない、っていうかなんで仕事内容に関して命までかけにゃならんのだ。
 生活苦か即死かどちらを選ぶかと問われりゃ前者を取りたい。
 癪だな、こんなところで終わるのはすげえ癪だ。
 けど手は動かないし前はよく見えないし、今楓という少女が振り下ろした剣を避ける術はない。
 終わったかな。
「いや、でも……」
 不意に、頭の中をかすめる映像。
 なつかしいようでいて、とても血生臭い匂い。
 ああ、なんだろう。
 そこでの俺は自由で、そして最強だった。
 何をしていても周囲に敵はなく、また何者に害されることもなく。
 何故そうだったのだろう。
 俺は何をしていたからそうあれたのだろう。
 もう視界を塞ぐようにして迫る絶対的な死という敵を前に、考える。
 何をしている俺なら、この目の前の害を駆逐していたか。
 ――ああ、そうだ。
 思い出した訳じゃない、だがそんな気がする。
 脳に浮かぶ光景はただ一つ。
 だからそこから導き出されるのは、一つの手段。
「――なら、喰えばいいんだよな」
 どうしてそう思ったのかわからない。
 だが確実に、頭の中で、喰らうというイメージが湧き上がった。
 次の瞬間、がぎりという鈍い音。
「……な!?」
 頭の奥に響いたそれは、どうやら口元で発生したらしい。
 茫洋とする頭で意識を口に向けると、俺はどこぞのびっくり人間のように、歯で剣を受け止めていた。
 なんだかなと思い、そのまま顎に力を入れてみると、冗談みたいに剣はパキンと折れた。
「不味い……」
 けど流石に剣は食えない。
 喰おうとしたけど無理だった。
 反射的に距離をとる楓を無視して、折れた刃を吐き出す。
 そうして眼前の光弾があまりにも遅かったので――全部躱した。
「あの足で避けれるんか!?」
 遠くで関西弁……ああ、和也と言ったな、そいつが驚いている。
 言われた言葉を吟味してみると、なるほど自分でも驚きだ。
 俺は確かに片足なのに、その片足でこれまた笑えるような速度で動いた。
 例えるなら泳ぐように。 
「この禍々しい力……やはり黄泉の裔か!」
 楓は剣を再び作り出しながら、俺に向かって叫んでくる。
 だから、黄泉の裔ってなんでい。
 それにしても、そろそろ意識が保てなくなってきた。
 すげえ眠たい。
 だから……帰ろう。
 どうせこのままやってもいい袋の予感。
 足首痛いから早く治療しないといけないし。
「……………………帰る」
「は?」
 あ、樹生くんとやらが驚いてる。
 何を言っているのかという表情だ。
「お前ら強いからやだ。もう帰る」
「はあ!?」
 二度目の驚きは理不尽な怒りにも見えた。
 まあこんないい加減な奴が相手ってのも珍しいんだろうな。
 こちとら命が第一だ。
「というわけでだ、あんたらは見事守の責務を松任したということで。もうこの件には関わらないから」
 言って、片足を引きずりながらボロボロになった体で校舎裏を去ろうとする。
 背中に向かって何か声を掛けられたが、もう聴覚も殆ど死んできたので何を言ってるのかわからなかった。
 追ってこないなら幸い、とりあえずは帰って寝るとする。
 今回の仕事は、笑えない程、見事な失敗だった。
「……なんだったんだあいつは?」
「どちらにせよ危険な相手であったことは間違いない、向こうが引いたのは幸いだった」
「っちゅーか、ほんまに黄泉の裔じゃないんか、あいつ」
 何を言われていようが、今の俺には関係のないコトだ。



 ぐぎゅぅ〜ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる
「ぁぁぁぁ……」
 腹がトンデモナイ音を立てて鳴いている。
 例の仕事の件から既に6日が経過しようとしていた。
 その間公園の水道だけを頼りに腹を満たしていた俺だったが、そろそろ限界も見えてきたようだ。
 もうピクリとも動きたくない、体力を消耗したくない。
 今日もそんなつもりで部屋で死んでいる予定だったのだが、どういうわけか俺は今変なオッサンや黒いスーツを着たグラサンの男達に囲まれている。
 なんでこんなことになったんだっけ。
 ああ、早々、マジで忘れてた。
 確かエイティが仕事を失敗したってことで先方が怒ってるから謝ってこいとかいう話で、この屋敷まで足を運んだんだ。
「さて、沖嶋君。私の信頼を裏切ったことに対し、何か言うコトはないかね」
 縦縞の入った悪趣味なスーツを着ているファットマンが、なにやらいかめしいツラで俺を覗き込む。
「腹減った」
 なんだかよくわからないので頭の中にすぐに浮かんだ単語を口にしていた。
「…………」
 睨まれてる。
 どうやら場違いな発言だったようだ。
 って当たり前だよ、どうなってるんだ俺の思考回路。
「あーいや申し訳ない、今回の件は俺の落ち度だ。少し言い訳させてもらうと相手が冗談じゃないくらい強かったのもあったが」 
「ふむ」
 すると、男は頷いて何かを考えるようにする。
 どう見てもそれはポーズで、実際考えることなんてないのだろうというのは、俺の鈍りきった頭でもわかった。
 それは酷く悪い予感を誘う仕草。
「では約束通り、君は彼らに売り渡すとしよう」
「……は?」
 その言葉と同時に、世界が変わった。
 ぐにゃりと歪む視界、どろどろとおぞましく融解し、極彩色に変容していく空間。
 何が起きたと認識する前に、俺の世界は違えていた。
 吐き気を堪えて、周囲を見渡す。
 基本的には、今のが幻覚とでも言うかのように何も変わらない。
 だがしかし、先と明らかに違う光景と言えるのは、増えた人数。
 どこかの学校の制服のような、一同揃いの服装をした男達。
 それらの目は虚ろ、というよりは何も見ていない。
 口の端からは絶えず呻き声を発し、幽鬼の如く四肢を揺らしていた。
 イメージ的には末期のヤク中患者、或いはゾンビ。
 そして、デブ男の横には、見慣れた顔――エイティが立っていた。
 眼鏡をかけ理知的な顔立ちの白髪青年は、いつも会う時のように不愉快な薄ら笑いを浮かべている。
「おい、どうなってんだよ」
 状況が飲み込めず、エイティを睨みつける。
「なに、きっかけを作ろうと思ってね」
 きっかけ、その言葉の意味を咀嚼する。
 が、俺の今の脳ミソでは欠片も理解が及ばない。
 だが直感的に、これだけはわかった。
「テメエ、嵌めたな」
 するとエイティは、さも可笑しそうに笑い声をあげる。
「はは、嵌めたなんて心外だ。僕はね、前から君に目をつけてたんだよ、こちら側に引き込もうとね」
「こちら側?」
 相変わらず、エイティの言葉は要領を得ない。
「まあ今の君に説明してもしょうがない。いきなり本題に入るけど、君、お腹はすいてないか?」
 突然の話題転換に、頭に疑念が浮かぶ。
 ぐるるぎゅーきゅるるる。
 だが腹は正直だった。
「わかりやすいね、君は」
「放っとけ」
 エイティは、くっ、と嫌な笑いを漏らす。
 そうしてから、ぐるりと確かめるように周囲を見回す。
 何を見ているのかと視線を追うと、どうやらこの末期さん達を見ているらしい。
「君は……人は殺さない主義だったね」
「ん? ああ」
 相変わらず問いの真意が伺えないが、反射的に俺は答える。
 するとエイティは口元をこれでもかっていうくらい邪悪に歪め、言った。
「あいつ等、喰っていいよ」
 どくんと、心臓が跳ね上がる。
 その言葉にどんな魔法が込められていたのか、俺の汗腺は全て穴を塞ぎ汗を止め、口の中がカラカラに乾き、眼球が凍ったように動かなくなる。
 あいつ等を喰う?
 それはどういう意味なのか。
 いやいや、そんなことは考えるまでもなくわかっている、俺の倫理観というか常識がそれを拒否しているだけ。
 あの亡者にも似た生き物を、そのまま、丸ごと喰らえという意味だ。
「アレは人間じゃないからさ、いくら喰っても殺人にはならないよ」
 その言葉は魅力的だ。
 興奮する。
 ああ、そうだな、あれが人じゃないなら別にいいよな、喰ったって。
 でもまさか俺がそんなことをする訳ない、だって俺は普通の人間なんだから、いくら人じゃないからって喰おうなんて思わない。
 っていうかなんだよ人じゃないって、そもそもそれがおかしいよな、変なコトを言う。
「笑えない冗談……だな、エイティ」
「そうかい、でもジン、よだれ、止まってないよ?」
「え?」
 言われて気づいた。
 ぬたりと、地面を踏んだ時に感じる不快な感触。
 いつの間にか俺の足元は粘液じみたモノで満たされていて――いや、これは俺の唾液か。
 そうか、カラダの水分が涎になってたから、カラカラなんだ。
「ぁあぁぁあぁあ?」
 マトモな声が出ない。
 頭の奥でがりがりと何かが削れる音がする。
 腕がもぞもぞと微動し、躯の中からナニカが生えてくるような感覚。
 顎が痛くて、とても気持ちいい。
「なるほど、いい形だよジン。君の雛形は、そういうモノだ」
 ああ、腹が減った。
 腹が減りすぎてマトモに頭が動かない。
 どうするか、なら答えは簡単、腹を満たせばいい。
「なあ、エイティ」
「なんだい」
 嬉しそうに、にやりと笑いながら答える。
 まあそんなことはどうでもいいんだ。
「腹減ったから、そいつら喰うわ」
「ああ、召し上がれ」
 返事を聞く前に、俺はエイティの顔面をぶん殴った。
 ごが、という鈍い音がして、エイティは部屋の壁に四肢を折り曲げながら吹っ飛ぶ。
 壁は思ったより頑丈なようで、クレーターができたようにヘコむ程度でエイティの肢体を支えていた。
「んなわけないだろ。くそったれめ」 
 がちりと、明らかにその形状を変えごわごわとしている歯を噛み締める。
 横目に備えつけの鏡を覗くと、案の定俺の姿は人間のソレとは少し離れていた。
 噛み合わせが妙に悪い歯は、その殆どが形を尖らせ牙というに相応しい形となっている。
 また俺の長い前髪で隠れている左眼は、完全に白目を剥いてしまっている。
 そういえば一部の鮫は捕食の際眼を傷つけられないように眼球を反転させるというが、それと同じことだろう。
 他に目立って変わった場所は両の腕。
 いつも戦闘の時邪魔になるのでキチンと切っていた爪が、2cm程も伸びている。
 それに連動して指先までも尖っており、手の甲から指の背にかけてはビッシリと棘のようなモノが生えていた。
 はっきりいって気色悪いが……これもナニカの特性だろう。
 それよりも一番変わったのは、純粋な筋力。
 エイティを吹っ飛ばした時といい、そういえば日の宮の守と戦ったときもそんな兆候があった。
 まあそのうち元に戻るだろうと腹をくくり、恐怖に顔を染めてる豚オヤジを睨みつけ、言い放つ。 
「焼肉だ」
「は?」
 俺の言葉の意味を吟味しかねたのか、オヤジは驚きと半々に頭に疑問符を載せる。
「極上のビィフで焼肉を用意しろ。あと金。そうすりゃ命は勘弁してやる」
「――は、はい!」
 やっと意味を理解したか。
 オヤジはカクカクと頷いて、スーツの男と一緒に部屋を飛び出していった。
 あーにしてもマジで腹へってしょうがない。
 周りのモノすべてが美味そうな肉に見えやがる。
 これ以上は本当に理性が保てそうにないから、さっさとカタをつけるとする。
「とりあえずお前等は……問答無用でぶっ倒すからな、化け物」
「同じ化け物が……調子に乗るなよ」
 壁から立ち上がったエイティが、周囲の亡者の言葉を代弁する。
「ああ、化け物だ。だから、調子に乗ると怖いぞ」
 ――哂って、俺はすべてに牙を突きたてた。
 


 その後どうなったかというと、俺はまんまとその場をやり過ごして今も何でも屋を続けている。
 ただ少し気になるのは、極端に危ない仕事が増えたコトと、牙の裔とかなんとかセンスのない通り名で呼ばれるようになったコトだ。
 まあ俺からしてみれば、何があっても腹が減らなきゃどうでもいいのだった。
「仕事くりよう……」
 そう、俺の生活は変わらない。

 おわり       
     
     




あとがき

始まりにはごめんなさい、そして終わりにもごめんなさい。
明さんその他Sin関係者各位ごめんなさい。
キチンと外伝という形でありつつ世界観を踏襲できてた名無しさんにごめんなさい。
外伝と銘打ち本編キャラを殴ってごめんなさい。
楓お姉様を殴ってごめんなさい、心に嘘をつきました。
むしろ楓お姉様には僕を殴って欲しいです、あっあっあっ(暴走

さて謝ってばかりいても逆にバカにしているようなのでこの辺にしまして内容について少々。
このSSは、要するに『黄泉の裔ができるまで』の形の一つとして描かせていただきました。
なんか生まれた時から黄泉の裔くさい人から後天的に黄泉の裔になったりするっていうのの、後者のケースですな。
今回主人公の沖嶋仁には、楓お姉様も本編で言っていた神力が増幅するきっかけのうち『喰』を覚醒の条件としています。
まあ結局何も喰わないので極端にお腹が減ることで喰のイメージが膨らみ過ぎ先走って暴走したようですが。
アレです、ライダーで言うと脳改造手術まではされなかったってやつです。
あすこでお食事をなされていたら間違いなく今頃はバーサク野獣の黄泉の裔さんとなっていたでしょう。
元ネタに関してはわかっていれば結構バレバレっぽいです。

他に色々語りたいこともあるんですがそれはSSの中ですることですので割愛します。
ともかくここまで付き合ってくださった読者の方、本当にありがとうございます。
オリキャラ主導で設定もズレててSinらしさが殆どないと突っ込まれると言い返せない中、よく読みきってくださいました。

さて、今後も個人的に色々と執筆活動を頑張るつもりですので、また機会があればよろしくお願いします。
それではー。