『主役は日高!?』
A/Z&Mr・Volts
〜 其ノ壱 占いだ! 運転手(プロ)!! 〜



「えっと、今日一番ラッキーな星座は・・・天秤座の人かぁ〜。樹生君は何座だっけ?」
 朝のニュース番組でやっている『今日の運勢』の画面をやけに真剣な表情で見つめながら、みるは樹生に話しかけた。
「ん? 俺は・・・」
 樹生がいかにも興味なさげに答えようとしたその時、
「なんや〜、みる様。占いですか? あかんあかん、こんなん当たりませんて」
 唐突に部屋に入ってきた和也が、顔を露骨にしかめながらひらひらと手を左右に振る。
「え〜。でも結構当たるんだよ、このコーナー」
 二人の冷めた反応に対して、みるは不満そうにぷうっと頬を膨らませた。
「いやいや、占いっちゅうのはお笑いと同じで、ごっつ奥が深いもんでっせ」
 そう言って和也はひとり腕組みをしながらうんうんと頷く。樹生はその仕草に、半信半疑といった様子で突っ込みを入れる。
「確かにそうかもしれないけど、お前にそんなこと言われても何だか説得力に欠けるなぁ」
 それを聞いた和也は、心外とばかりに大げさな身振り手振りで力説を始めた。
「何言うてんねん! 占いもお笑いも、長〜い歴史の中で培われてきた、いわば伝統的な文化やで? そない簡単に修められるもんやない。せやから・・・」
「和也様の仰る通りです」
 今の話を聞きつけたのか。ちょうどみる達を呼びに来た日高が、会話に参加してきた。
「占いとは実に奥深きものでございます」
「日高さん、占いに詳しいんですか?」
「いえ、詳しいという程ではありませんが、僭越ながら私も少々占道をかじっておりまして・・・」
 意外そうに尋ねた樹生の言葉に、日高は謙遜気味に答える。
「あ、そういえば真柱様から聞いたことがある。日高さんの占いは本当によく当たるって」
 それを聞いた和也の目が、怪しく輝く。
「ほぉ、そら興味深いなあ。ほいじゃ日高さん、ひとつ占ってもらえまへんか?」
「わかりました。それでは皆さん、恐縮ですが表に出て頂けますでしょうか」
 日高に促されるまま、みる達は外に出た。

 五分後。みる達は日の宮の誇る広大な庭の一角に立っていた。日高はそこに木の棒で人がひとり立てる位の円を描くと、みる達の方に向き直る。
「では、まずどなたから占いましょうか?」
「ほな、わいから頼むで〜」
 和也が真っ先に名乗りを上げる。
「かしこまりました。それでは和也様、こちらにお立ち下さい」
 日高は恭しく頭を下げると、足元に描かれた円を指し示した。
「ん? こうか?」
「結構です、そのまま決してその場を動かないで下さい」
 そう言って日高は和也のもとを離れ、裏手の方に消えて行った。

「一体どんな占いなのかなぁ?」
 少し離れた場所で、みるが隣に立っていた樹生に尋ねる。
「あれ? みるも日高さんの占いがどういうものなのか知らないのか?」
「うん、私も真柱様からちょっと聞いただけだから・・・」
 その時、遠くからけたたましいエンジン音が聞こえた。みる達がその方向に目をやると、黒塗りの車がアクセルを全開にして、物凄いスピードで和也の方に向かって突っ込んでくる。
「どわああああああああああ!!??」
 キキィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!
 咄嗟に和也は横っ飛びで車をかわす。間一髪、その身体のすぐ横を黒い影が掠めていった。
「な、な、何するんや日高さん!!??」
 和也がどもりながらも大声で叫ぶ。さっきまで和也の立っていた場所は、黒いタイヤ痕によって深々と抉り取られていた。
「和也様、いかがなされましたか?」
 日高は悠然と車をUターンさせて和也達の側に戻すと、きょとんとした表情で尋ねる。
「私の占いは、当たっていただかなければ中りませんよ」
「そりゃ『あたり』違いだろ・・・」
 みるを自分の背に庇いながら樹生が突っ込むが、日高はゆっくりと首を横に振る。
「いえいえ、車に当たって飛んだ方角と距離で卦を見る、我が家に古くから伝わる由緒正しき占いなのですが・・・」
「死んでまうわ!!」
 相当恐ろしい思いをしたのか。いつの間にか木の上に避難した和也が、遥か彼方から抗議の声を上げる。それを見た日高はひょいと肩をすくめると、樹生の方に視線を向けた。
「そうですか・・・残念ですが仕方ありません。では気を取り直して、樹生様を占うことに致しましょう。さあ、こちらへどうぞ」
「いや、いい・・・」



〜 其の弐 ヒコーキだ! 運転手(プロ)!! 〜



 今、私は飛行機の中にいる。久々に取れた休暇を利用して、ちょっとした小旅行に出かけているのだ。はっきり言ってしまえば、私は飛行機などという不安定な乗り物にはいまいち信用がおけない。そのため、お世辞にも快適なフライトとは言い難かった。

 しかし、私は運転手(プロ)である。運転手(プロ)というものはオフの際には極力運転をせず、心身ともにリラックスした休息を取るべきなのだ。それに我が愛車は現在、車検切れが近くなってきた為見積もりに出してしまって手元にない。

 だが、やはり今回はレンタカーを使うべきだった。今、この機体は動力システムに異常をきたしており、かなり危険な状態にあるらしい。
 その道に通じる者であれば、エンジントラブルなど絶対に起こすことはないというのに・・・空の操縦士(プロ)とはこの程度のものなのか。これは少しばかり叱ってやらねばなるまい。意を決した私はシートベルトを外すと席を立ち、機長室に向かって歩き始める。

 遠くでスチュワーデスが何か言っているようだが、激しい轟音と振動の為よく聞き取れない。おそらく席に戻るようにと言っているのであろうが、私にとってこの程度の揺れなど大した事ではない。
 前傾姿勢を取ったり、酸素マスクをあてがったりしている乗客をよそに私は機長室に入った。

 ところが、あろうことか機長と副機長は気絶していた。これは操縦士(プロ)として最もあるまじき所業である。私ほどの運転手(プロ)であれば、たとえ万が一気を失ったとしても、ハンドルから手を離すことなくそのまま走行を維持することが可能だというのに・・・。

 ひとまず彼らへの説教は後回しにするとして、今はこの状況を打開することのほうが先決だ。いくら私でもこの墜落事故ではさすがに助からないだろう。
 地を自らの脚で疾駆する誇りを捨て、文字通りその『道』から外れたこの飛行機という外道物の運転を今まで忌避してきたとはいえ、私は運転手(プロ)である。その気になればこの程度のトラブルなどなんとでもなる。

 まずは泡を吹いている機長と副機長をシートの後ろに放り投げ、ゆるりと着席して神経を集中させる。
 私は楓様や和也様、樹生様を始めとする日の宮の守と比べると戦闘能力では一歩譲らざるを得ないが、こと運転技術に関しては右に出る者はいない。私は自らの神力を使うことによって、初めて運転する乗り物ですら意のままに操ることが出来るのである。

 手始めにコックピットに所狭しと並んでいる計器類やスイッチに手をかざして、それらの用途を神力を通じて感じ取っていく。どうやら現在はマニュアル操作ではなく、自動操縦モードになっているようだ。愚かな・・・このようなシステムに安易に頼るから、操縦士(プロ)としての自覚を失い、堕落していくのだ。当然私はオフにする。
 そして生き残っているエンジンと操縦桿を駆使して体勢を立て直す。このくらいは私にとっては朝飯前である。

 そしてある程度飛行が安定した後も、私は機長座席と副機長座席を忙しなく往復しながら無線のスイッチを探していた。実は、この時間になるとラジオ放送で道路交通情報が流れる。そのキャスターである『島田さん』の鈴の音を転がすような天使の美声に、私はすっかり聞き惚れてしまっているのだ。あれこそまさに、日々の運転に追われる私を癒してくれるカンフル剤なのである。
 道路情報は空の運転に直接関わる物ではないが、そんな些細なことは問題ではない。私はただ、島田さんの声が聞きたいだけなのだ。

 しかし、なかなかそれらしき物が見つからない・・・・・・。ん、これか? 私は音声を司る反応を掌に感じ取り、そのつまみを捻った。

「・・・ちら管制塔、こちら管制塔第二管理部! ボーイング711機、無事か?応答してくれ!!」

 しかし、期待とは裏腹にスピーカーからは男の切羽詰った声が流れてきた。

「・・・・・・・・・誰だ、君は?」

「おお、無事だったか!!! こちらは○×空港管制塔、第二管理部担当責任者の津川だ。今からそちらの機体をこちらへ誘導する。こちらの指示に従っ・・・」

 私は無線のスイッチを切った。もしこれが島田さんのナビゲートならば何回でも導かれようものだが、中年男の油ぎった声に従って着陸などまっぴら御免である。

 そうこうしているうちに、目的地がだいぶ近くなってきた。搭乗客もスチュワーデスも先ほどからシートベルトを締めっぱなしのはずである。特に注意する必要もないだろう。最も、私の着陸に揺れなど生じるはずもないが。

 しかし、ここからは非常に繊細な運転技術が必要になる。私はより神経を研ぎ澄ますために、瞼を閉じた。視覚のみに頼らず、己の感覚を全て駆使して様々な状況を読み、感じ取るのだ。

 ・・・まずはいつもの通りをゆっくりと下り、角のタバコ屋を左へ。そのまま道なりに進入経路を確保する。同時に機体をほんのわずか上向きにさせ、車輪を出して着陸体勢をとる。

 後は空気圧のバックプレッシャーに逆らわずに徐々に高度を下げ、アイドリング状態のまま緩やかに接地を待つ・・・・・・よし、いける!!!

 バキバキバギバギバキバキッ!!!!!!
「・・・っ!?」

 突如として耳に届いてきた樹木の薙ぎ倒される音で、我に返る。私は咄嗟にゴーレバーを折れるほどプッシュして機体を急上昇させた。
 ・・・危ないところであった。つい運転手(プロ)としての習慣で、無意識のうちに日の宮に帰ってしまうところだった。慣れというのは恐ろしいものである。

 その後、結局私は最初に離陸した空港に引き返して、無事に着陸を終えた。

「ふぅ・・・」
 全てを終えた私は身体に溜まった息を全て吐き出しながら、シートに深く身を沈める。このまま空港のカフェで優雅にティータイムでも満喫したい気分だったが、あまりゆっくりしてもいられない。

 本来ならばこの後、ともすれば大惨事になってもおかしくなかった状況を適切な判断で乗り切り、一人の犠牲者も出すことなく収支させた私に対してしかるべき賞賛と惜しみない賛辞が送られることだろう。

 だが、日の宮は裏に属するもの。私の偉業は決して明るみに出てはならないのである。私は静かに椅子を立つと、後ろで団子虫のように丸まった状態で依然失神し続けている機長と副機長をまたいでドアを開ける。そうして運転室を出ると、素早く非常口を手動で開けて地面にひらりと飛び降りる。

 そして颯爽と空港を立ち去り、町の雑踏の中に姿を消した。



〜 其の参 天才だ! 運転手(プロ)!! 〜



「フム・・・どうやらこのツボではなかったらしい」
 山林のひんやりとした冷気を焦がす漆黒の煙。静寂を切り裂いて鳴り響くサイレンの音。深淵の闇を焼く赤い炎。清浄な大気を汚すガソリンの匂い。そして、人々の発する野次、どよめき、悲鳴。
 その混沌とした光景を無表情で見つめながら、男は低く呟いた。

 突然、それまで聞こえていたサイレンの音に違うものが混じる。
到着が遅れていた警察が現れたことにより、周囲は更に騒然とし始めた。
「ひっひっひっ、オレの求める完璧な運転の完成にはまだ遠い!」
 騒ぎの大きくなってきたところを見計らったかのように、男は黒塗りの車に乗り込む。そして車はけたたましいエンジン音と共に夜の帳に紛れ、その姿を消し去った。

「ねえ樹生君、また高速道路で自動車の事故だって・・・」
 テレビから流れてくる朝のニュースに、みるが悲しそうな表情で呟く。
「ああ、例の連続ハイウェイ事故らしいな。何でも現場近くでは、毎回黒塗りの車が目撃されてるって噂とか・・・」
 樹生の言うように、最近深夜に原因不明の交通事故が多発していた。そして事故現場には必ず黒塗りの自動車が目撃されていることから、その謎の黒い車はゴシップ好きのマスコミ達によって『ハイウェイの死神』と祭りたてられ、一種の都市伝説のような扱いを受けている。
「確かその車の現れたところには、必ず事故が起こるという話だったな。一連の事故と何らかの関連性があるのかもしれぬ」
 ブラウン管に映し出されている事故現場の映像を見ながら、楓が淡々と語る。
「だとしても、わいらは安全やな。日高さんの運転する車なら、死神なんかに負けへんさかい」
「和也・・・日高は休暇中だ」
「あ、そやったな」
 和也は失念していたとばかりにへらっと笑う。楓の言った通り、現在日高は休暇を取っていて日の宮に不在なのである。
「そうだよ和也君、今日は皆で一緒に歩いて遊園地にお出かけなんだから♪」
 樹生の方にちらりと視線を送りながら、心なしか嬉しそうにみるがそう言った。
「そうだな。・・・あ、もうこんな時間か。そろそろ行くぞ、みる」
 それを知ってか知らずか。樹生は時計にちらりと目をやると、ぶっきらぼうにそう言い残して部屋を出て行った。
「あ、待って樹生君」
 みるもぱたぱたと樹生の後を追う。楓と和也は顔を見合わせて苦笑すると、テレビの電源を切って部屋を後にした。

「おはようございます、みる様」
 しかし、日の宮の鳥居をくぐり、石段を降りた先には日高がいつもの黒塗りの車を従えて待っていた。
「日高さん!? 出勤は明日からじゃなかったんですか?」
 驚いた様子で尋ねるみるに対して、日高は満面の笑みを湛えながら答える。
「はい、昨日帰って参りまして。今日は一日ゆっくりさせて頂くつもりでしたが、いつまでもみる様達にご足労をかける訳には参りませんので」
「いつも苦労をかけるな」
 楓が少しだけ表情を崩して、日高をねぎらう。
「いえいえ。これが私の仕事ですから。さあ、どうぞお乗りになって下さい」
 日高はそう言ってドアを開けてみる達を促す。
「ありがとうございます」
 お礼の言葉と共に車に乗り込んだみる達を乗せて、車は遊園地に向けて出発した。

「日高さんの車に乗るのも何だか久しぶりな気がするね」
 みるが懐かしそうに車内を見回しながら呟く。
「せやな日高さん、休みボケで勘が鈍ってまへんか? 気ぃつけてくださいよ」
「お前にその台詞を言われたくはないなぁ」
 みるの言葉を受けて和也が茶化すように言うと、樹生が苦い顔をしながら突っ込む。久しぶりの遊びの予定に浮き足立っているみる達を横目に、日高は眼鏡に軽く手を添えながら不敵に微笑んだ。
「ふふふ・・・天才の運転に狂いなど、ありえませぬ」

 その後。みる達を乗せた車は、ジェットコースター顔負けの勢いで街中を爆走していた。
「日高さん! さっきの信号赤でしたよ!!」
 樹生が叫ぶ。
「うおっ、今爺さん轢きそうやったで!!!」
 和也が怒鳴る。
「日高・・・もう少し速度を落とせ」
 楓が冷静に諭す。
「問題はございません。全て私にお任せを」
 だが日高は周囲の苦言を全く意に介さず、逆にどんどんアクセルを踏み込んでいく。
「ひ、日高さん。もう少し安全運転でお願いできませんか?」
 あまりの運転の乱暴さに耐えかねたみるが日高におずおずとそう告げた時、
「近道を致しましょう」
 運転手は短く呟くと、急ブレーキをかけながらハンドルを切った。
 キキキィィィーーーーーーッッ!!
 車は突然後向きの力と横向きの力を受けて、道路を斜めに滑っていく。
「きゃあ!?」
 同時にみるの小柄な体が、隣に座っていた樹生の方に飛んでくる。
樹生は慌ててその身体を抱きとめた。
「フム、このタイミングでアクセルを踏めば・・・」
 日高はそう呟きながらドリフトを決めようとする。だが・・・
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
 結局車はコーナーを曲がりきれずに、道路の向かい側にあった八百屋の店先に突っ込んでいた。周囲には野菜や果物がばらばらと飛び散り、買い物をしていた主婦達が悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「ばっ・・・バッキャロー!! テメエどこに目ン玉つけて運転してやがる!!!」
 周囲がパニックに陥っている中、エプロン姿にねじり鉢巻を締め、誰が見ても一目で『八百屋』とわかる格好をした親父が罵声を浴びせながら日高の車に詰め寄ってくる。
 親父がフレームが歪みそうになるほどの勢いで窓を激しく叩くと、やがて運転席のウィンドウが静かにスライドして開いた。
「ん? 間違えたかな?」
 しかし、当の日高は全く悪びれた様子は無く、ハンドルを見つめながら不思議そうに小首をかしげている。
「オイ、人の話聞いてんのかよ。テメエの耳は餃子かコラ!! この損害賠償どうしてくれるんだ!!!」
 親父は顔を真っ赤にして怒り心頭である。そして今にも日高に掴みかかりそうになった瞬間。日の宮の運転手は初めて親父の方に顔を向けると、声高らかに宣言した。
「オレは天才だぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
 ・・・・・・その場が静寂に包まれる。親父や買い物客だけでなく、みる達までもがその耳を疑っていた。
「・・・な・・・何だって?」
 親父が顔を引きつらせながら、かろうじて日高に問い返した次の瞬間。
「おぼえとけぇ〜〜〜!! フハハハハー!!」
 グオーーーーーーーーーーーーン!
 捨て台詞を残して車は猛スピードで発進し、あっという間にその姿を消した。
「な・・・何だぁ、ありゃ?」
 後に残された者達は、ただただ呆然とするばかりであった。

「ひ、日高さん。さっきの人達に謝らないと・・・」
 みるは背後をしきりに振り返りながら、おろおろしている。
 すると、日高がいきなり激昂した。
「黙れィ小娘! 天才の運転に口を出すなぁ!!」
「ひっ」
 日高の迫力にみるが怯えて、樹生のシャツを握り締める。
「日高! 言葉が過ぎるぞ!!」
 楓が日高の暴言を厳しく咎める。
「い、いいの楓さん。私、運転のことを何も知らないのに偉そうなこと言っちゃったから。日高さんには日高さんのやりかたがあるのに・・・」
「・・・みる様が、そう仰るのであれば・・・」
 罵声を浴びせられたみるが日高を必死に庇ったので、楓は憮然としながらも口を閉ざした。
「な、なあ樹生。今日の日高さん、どこかおかしくあらへんか?」
「あ、ああ。確かに・・・いつもと少し違う感じがするな」
 その後も日高の運転する車は信号無視、無謀な追い越し、踏み切り不停止、常時速度違反等など、ありとあらゆる道交法違反を繰り返してようやく遊園地に着いた。
 まだ何の乗り物にも乗っていないのに、全員がグッタリとした表情をして車を降りた。

〜                 〜                〜

 同日深夜。またしても黒塗りの自動車が、ハイウェイのサービスエリアにその姿を紛れさせていた。
「さて、今日の車人形(デク)はどれにしようか・・・」
 獲物を物色するように周囲を見回しながら男が呟いたその時、たまたま一台の大型トラックが男の前を横切って、斜め前方のスペースに駐車した。
やがてドアが開くと、五〇を過ぎたであろう風体の男性ドライバーが煙草をくゆらせながら降りてくる。
「やれやれ、深夜の追っかけも楽じゃねぇよなぁ。いっそ新幹線位のスピードでバーッと一気に行ければいいんだが」
 ドライバーは一人ごちながら、駐車場を横切って備え付けの休憩所の方に歩いて行った。その様子を見ていた男は口の端を歪めてニヤリと笑う。
「ふふふ、ちょうどいい。今日はアレを試してみるか」
男は誰も周囲にいないことを確認するとトラックに音もなく近づき、フロント部分に手の平で触れた。
 すると次の瞬間、男の手がまるで飲み込まれていくようにずぶずぶと内部に埋まっていく。男はしばらくその状態のまま手をもぞもぞと動かしていたが、やがて満足げな笑みを浮かべながらトラックから離れる。
「これで良し。さて、結果はどうかな?」

 十分後。休憩を終えたドライバーがトラックに戻って来た。そして運転席に座るとイグニッションキーを捻る。低いエンジン音が唸り声を上げ、ドライバーはそのままサービスエリアを出て再び高速道路に戻って行った。
「さて、急ぐとするか。朝八時までにコイツを届けないといけねぇしな」
 そう言って道が直線に入ったのを確認すると、ドライバーはギアをトップに入れてアクセルを踏んだ。だが次の瞬間、車に異変が起こった。突然エンジンが爆発したような轟音を上げながら、予測を遥かに超えたスピードで走り始めたのである。
「な、なんだ? 何が起こったんだ!?」
 ドライバーは猛スピードにタイヤを取られないよう、必死にハンドルにしがみついて車体をまっすぐに保つのがやっとだった。スピードメーターはマックス表示の200kmを振り切っている。
「う、うわあああああ!!!」
 やがて、トラックはカーブを曲がりきれずにガードレールを突き破って夜の闇に飛翔し、そのまま崖下に落下していった。その一部始終を眺めていた男は、周囲に響き渡るほどの大声で笑う。
「フハハハハ、望み通りになったじゃないか! 天才に不可能はない!!」
 そして満足げに頷きながら黒塗りの車に乗り込み、悠々と走り去っていった。

〜                 〜                〜

 翌朝。テレビのトップニュースも新聞も、こぞって昨夜の正体不明の交通事故に関する情報を報道していた。
「昨夜未明、○×県△市で突然トラックが暴走し、崖下に転落。ドライバーの増尾末雄さん(56)が全身を強く打ってまもなく死亡しました。
 事故の原因に関しては、現在警察の方で詳しく調べている状態で、未だこちらの方に新しい情報は入ってきていません・・・」
「やっぱり・・・今回も死神の仕業なのか?」
 樹生がテレビ画面に注目しながら誰にともなく尋ねる。みるもテレビに映し出されている被害者家族の無念の嘆きと慟哭を、悲壮感を湛えた表情で食い入るように見つめていた。
「かもしれへん。ただ、今回はその死神に関する、有力な目撃情報があるんや」
 和也はそう言って部屋の隅の方にある文机に歩いて行くと、その上に置いてあった今日の朝刊を手に取り、開いてみせる。
「この事故があった現場の近くにあるサービスエリアで、不審なドライバーを目撃したってタレ込みが マスコミに流れたんや。そいつは確か・・・眼鏡をかけていて、さらに・・・」
「自分のことを『天才』と呼んでいたらしいな」
 襖を開けて部屋に入ってきた楓が会話を補足する。その単語を聞いて、みるが小さく反応を見せた。

「ねえ・・・私、何だか最近それに似たようなことを聞いたような気がするんだけど」
 みるは記憶を探るように視線を空に泳がせながら、そう呟く。
「ははは・・・まさか」
 樹生もひっかかりのようなものを覚えながらも、その思考を振り払うように髪を無造作にかきあげて、乾いた笑いを発する。
「みる様」
 楓がその会話を遮るように、言葉を挟んだ。
「そろそろ出発の時間です」
 今日は日の宮の公用で、朝から出かける予定になっていたのだ。和也は思い出したように壁時計に目をやる。
「あ、ああ・・・もうそんな時間やったか・・・。ほな、行こか」

「おはようございます、みる様」
 この日も、石段を降りた先には日高が待っていた。
「お・・・おはようございます」
 みるは小さくどもりながらも挨拶を返す。
「日高さん、今日こそは安全運転で頼むで」
「さあ参りましょう。本日も真に良い天気。絶好の運転日和です」
 和也の言葉に日高は耳を貸そうとする様子はないようである。

 日高の運転は昨日よりも更に輪をかけてひどくなっていた。速度を落とさずに車幅ギリギリの狭い路地を走行してみたり、昨日に引き続き無茶なドリフト走行を繰り返したりしている。
「フハハハハ、今日も私の運転は冴え渡っている!! 愚民は愚民らしく、この天才の後ろでも走っているがいい!!」
 そう言って日高は危険な蛇行運転をしながら、どんどん車を追い越していく。
「ひ、日高さん! 天才なのはわかったから、もう少し安全に・・・」
 樹生が目を回しながら懇願するが、日高は完全に自分の世界に酔いしれていた。
「新参者の癖にこの私に向かって気安いぞ! 日の宮の守なら、その位我慢しろぉ!!」

「む・・・?」
 その時、楓が異変に気づいた。
「日高、この方向は目的地とは逆ではないか?」
「・・・・・・」
「日高・・・?」
「ヒッヒッヒッ、今頃気づいてももう遅い!」
 日高が邪悪な笑い声を発する。
「まさか・・・黄泉の裔か?」
 樹生が低い声で呟く。
「今ごろ気付いたか! オレ様は黄泉の裔における運転の天才。名は網罵(アミバ)!! おぼえとけぇ〜〜〜!!!」
 日高の名を語っていた男は度の入っていない伊達眼鏡を窓から投げ捨てると、高らかに名乗りを上げた。
「やはりか・・・」
 楓が予想通りと言った口調で、苦々しげに言い放つ。
「たった一人で堂々と敵陣に乗り込んでくるとは、ええ度胸や」
 和也もそう言うと鋭敏な殺気を発し、車内が不穏な空気に包まれる。だが、網罵は全く動じず、さらに言い募った。
「おっと、下手な真似はせんほうがいいぞぉ。今ここでオレに手出しをすると、お前らも事故に巻き込まれてお陀仏だからなぁ」
「えっ・・・」
 ちらっと外を見て、その尋常ではないスピードにみるがその身を小さく震えさせる。その上、みる達の身体に徐々に異変が起こり始めた。
「く、苦しい・・・」
 みるが身をよじらせながらうめく。先ほどから樹生や和也や楓も車から脱出しようと試みていた。だがシートベルトはがっちりと座席に固定され、次第に身体を蝕むように食い込んできた。

「お前の目的は一体何だ? 何の理由があってこんなことをする!?」
 樹生はもがきながらも網罵に問う。
「目的だと? これは貴様ら日の宮と、あの男に対する復讐だ!」
「何をする気や!?」
 和也が叫ぶ。
「知れたことよ。このまま、崖下にこの車を落とすだけだぁ!! いくら日の宮の連中であろうと、これで終わりよ!!」
 網罵は更にアクセルを踏み込んでいく。車は通行止めの山道を進み、山肌に切り立った崖に向かって突き進んでいた。
「フハハハハ!! ここで貴様らを始末して、オレは自らの運転技術に更に磨きをかけるのだぁ!!!」 
 車内に網罵の哄笑が響いた。
「あばよ!!」
 そう言うと網罵はドアに手をかけて外に出ようとする。
パーーーーーーーーーーーン!
 だがその時。破裂音と共に、車体が急にガタガタと大きく横揺れし始めた。
「なっ!!」
 横向きの状態から急に姿勢を崩された網罵は、慌ててハンドルを握り直して車体バランスを保つ。
「ちいっ! パンクでもしたかぁ!?」
 車はそのまま道の脇に茂る草むらに突っ込み、車輪を足元の藪に取られて止まった。その隙にすかさず楓がみるのシートベルトを切断し、抱きかかえてドアを蹴破り外に出る。和也と樹生も何とか自力で脱出し、それに倣った。
 網罵も車外に出ると、車の後方に回る。後輪にはナイフのような刃物が深々と刺さっており、物の見事にパンクしていた。
「くそっ、あと少しだったというのに・・・ん?」
 網罵は後方に一台の黒い送迎車が止まっているのに気付いた。
「あれは・・・」
 楓が呟く。あの黒い車体には見覚えがある。そう、あれは・・・
 そして、リムジンのドアがゆっくりと開くと、運転手がその姿を見せた。
「みる様、お迎えに上がりました」
 そう言って恭しく頭を下げた彼こそ、日の宮の運転手(プロ)、日高その人であった。
「貴様は日高!!」
 網罵は突然現れた日高を憎々しげに睨み付ける。
 日高はその怨念の篭もった視線を正面から受け止め、きっぱりと言い切った。
「お前は断じて、運転手(プロ)では無い!!」
「黙れ! 貴様のせいでオレは!!」
「その口調・・・網罵か? なるほど・・・顔まで私に似せたか。お前の運転と同じで一つに落ち着かないな」
 憤怒する網罵に対して、日高は苦笑した。
「日高さん・・・この人を知ってるんですか?」
 二人のやり取りを不思議そうに見ていたみるが、日高におずおずと尋ねた。
「ええ、この男は私の強敵(とも)。かつて私と共に日の宮の運転手採用試験に臨み、最後までその座を争っていた者です」
「つまり最終選考に日高さんが受かって、コイツは落ちたんやな」
 和也は頷きながら納得した表情をする。
「ほざけ! 日の宮の愚民どもは俺の才能をわかっちゃいないだけだ!」
 網罵はそう吐き捨てる。
「・・・そして私怨を晴らそうと、罪のない人々を手にかけたのか」
 楓の声音が怒りを帯びた冷たいものに変わる。
「もう一度言う、オレは天才だ!」
「それで・・・どうするつもりだ網罵?」
 日高は興奮している網罵とは対照的に、冷静に問い掛ける。
「俺を認めなかった馬鹿どもを平伏させてくれるわ! チキン・ランで勝負だ!!」
「・・・いいだろう」
 しばしの沈黙の後、日高は静かに頷いた。

「日高さん・・・無理をしないでくださいね」
 みるは胸の前で手を合わせ、思いつめた表情で日高の身を案じる。
「お気遣い有難うございます。しかし、これは私の蒔いた種。決着は私一人でつけねばならないのです」
「さあ、日高よ。覚悟はいいか? 数々の車人形(デク)を相手に開発した天才の運転技術で、貴様を地獄に送ってくれるわ!」
 そう言って自信ありげに笑う網罵の顔は邪悪に歪み、もはや人のそれとは思えないほど醜いものに変わっていた。日高は黙って車に乗り込み、スタート位置まで車を進めて網罵の車と並列させる。

「ククク・・・凡人が天才に勝てるかな?」
 スタート直前の網場は日高に対して、ウィンドウ越しに不敵な笑みを投げかけてきた。
「お前は当時、その運転の全てにおいて私の域に達していなかった。随分と自信があるようだな」
 日高は挑発に乗ることなく、平静を保っている。
「オレは変わったのさ。貴様と日の宮への復讐をただひたすら願い、黄泉の裔になり得たこの力によって、その車の最大のパワーを引き出すことが出来る! 見よ!!」
 そう言って網罵は日高の元を離れ、自らの車のボンネット部分に触れる。するとその手はずぶずぶと車に飲み込まれていき、手首まですっぽりと車中に埋まった。
グォングォングォーン!!!
 瞬間、エンジンが荒馬のようにけたたましい雄叫びを上げる。
「これが網罵流天才運転術だぁ〜〜〜!!」
 そう言って網罵は車の爆音に負けぬ高らかな哄笑を発する。だが、日高にとってその音は、愛する車がその身体を苛まれ、悲鳴を上げているようにしか聞こえなかった。
「きさまだけは、許さん!!!」

 日高の持っていた拳銃を和也が宙に向けて撃ち鳴らす。それを合図に、二台の車が同時に発進した。崖に向けて車を走らせる日高の頭に、過去の記憶がよぎる。

 あの時・・・。幾多の厳しい試練を乗り超えて、最後まで残った日高と網罵に出された日の宮運転手採用試験の最終課題。それは、ただ指定された道を回るというだけの単純なものだった。

 正直その内容に拍子抜けしたのも事実だが、運転手(プロ)はどんな任務でも黙ってこなさなければならない。日高は自分を納得させると、自分の課題コースへ向けて車を発進させた。
 ・・・やがて、最後の目的地に二台の車がほぼ同時に現れた。そこは、山肌に切り立った崖に続く道だった。

 次の瞬間、網罵の車がスピードを上げて日高の前に出る。そしてギリギリまで崖に向けて進み、文字通りその直前まで車を走らせ止めた。
 だが一方で日高は、その車を進めることなく崖が見えた瞬間に走行を止め、車を降りていた。

 それを見た網罵は臆病者めと日高を嘲り笑ったが、結果としては日高の選択の方が正しかった。日神子をその運転の際に危険から守る運転手(プロ)としての『守』は、何かしらの危険を感じ取った場合、その危険に日神子を近づかせないことが最良の選択だったのだ。そこにドライバーの感情を入り込ませてしまった網罵は、運転手(プロ)として失格だと宣告された。
 それを聞かされた時の網罵の怒りは、筆舌に尽くし難いものだった。あの時の確執が、このような悲劇を生んでしまうとは・・・。

「ヒヒヒ、あの時とは違うぞ日高! 怖気づいて車を止めるなら今のうちだ!」
 網罵はそう言ってアクセルを更に踏み込む。
「どんな状況でも、最善を尽くす。それが運転手(プロ)だ」
 そう言いながらも、日高は早くもブレーキを踏み始めた。
「ハッ! 威勢のいいのは口だけか!? オレにはまだまだ余裕があるぞ!」
 網罵は減速し始めた日高を馬鹿にしたように笑い飛ばす。だが、元々リムジンという車はそのサイズと重さから、一旦スピードを出してしまうと止まるのにもかなりの時間と距離が要る。そもそも車の性能の上であらゆる状況を想定して改造された日高の車と、送迎用に見栄えをよくし、搭乗の快適性を追求するあまりにオフロードでの走行性能を犠牲にしたリムジンとでは、大きなハンデがあった。
「オレの勝ちだな! 世の馬鹿どもよ、平伏せ! そして媚びるのだ!!」
 さらに数秒送れて、網罵もギリギリのタイミングでブレーキを踏んだ。だが・・・
「ブ、ブレーキが利かない!? アクセルが・・・勝手に!!」
 網罵の車はスピードを落とすどころか、更に加速して崖に突っ込んでいく。うろたえる網罵に、日高は淡々と言葉を告げる。
「先ほど私が懐剣を投げた際に、タイヤだけではなく動力にもダメージを与えていたことに気づかなかったようだな」
「こ・・・このままでは崖から落ちてしまう! た、助けてくれぇ!!」
 先ほどまでの強気な態度から掌を返したように、網場は情けない声で命乞いを始めた。だが日高はゆっくりと頭を振る。
「自分の天才運転術とやらで、止めて見ろ」
 網罵は手を必死に動かして車を止めようとした。だが、日高の怒りが篭められた神力は、かつての愛車の静止力を完全に抑え込み、麻痺させている。
「は、はわわ・・・うわらばぁ!」
 やがて、網罵の車は崖を勢いよく飛び越え、谷底に吸い込まれていった。
「お前は長く生きすぎた」

〜                 〜                 〜

「いや〜、やっぱり本物の運転は落ち着くわ〜!」
 和也はそう言ってリムジンのシートに深々と身を預けた。
「そうだな。もうあんな寿命の縮まるドライブはこりごりだ」
樹生も和也の意見にしみじみ同意した。
「恐縮です」
 日高は前方から注意をそらすことなく、軽く会釈してそれに応える。網罵との戦いが終わり、みる達は日高の運転する車に乗って日の宮への帰路についていた。
「でも、日高さんの車が・・・」
 みるはややうつむきながら、日高の方にちらりと視線を送る。そう。日高の車は車検を直前に控えて見積もりに出していたところを網罵に奪われ、先ほどの勝負で崖下に消えていったのだ。
「ご心配には及びません」
 しかし、日高はみるの同情の言葉を否定した。
「え?」
「すぐに、新しい我が愛車の雄姿をお目にかけられることでしょう」
「何か算段でもあるのか?」
 楓が尋ねる。だが日高は小さく微笑むだけで、その質問には答えなかった。

「な、なぁ樹生。やっぱり日高さん、自分の車を失ってもうたショックで・・・」
「あ、ああ。しばらくはそっとしておいた方がいいかもしれないな・・・」
 フフフ・・・後部座席でひそひそと相談している樹生と和也を尻目に、日高は含み笑いを隠せなかった。日高はここ数日の間に飛行機救出の件に、黄泉の裔撃退の件と、手柄を続けざまに立てたのだ。

 日頃から日の宮の運転手(プロ)の任にある日高は、今まで活躍の機会が殆ど無かった。故にその実力が認められる時も長きに渡ってなかったが、これなら我らが頭首、真柱殿も私の実力を認めないわけにはいかないだろう。
 我が愛車は廃車になってしまったが、長年の勤めを終えて丁度車検を控えていた折だったから、渡りに船だ。今回の功績による臨時収入で、すぐに次の新・日高号がその日の目を浴びることになる。

「待っていましたよ、日高」
 日の宮へ通じる石段の下に車をつけると、真柱が笑顔を浮かべて待っていた。
「真柱さん、ただいま」
 みるがぺこりと真柱に頭を下げる。
「心配かけちゃって、ごめんなさい」
「いえ、ご無事でなによりです」

「ただいま戻りました」
 運転席を降りた日高は、そう言って頭を深々と下げる。
「今回はよくやってくれましたね、日高」
「はっ・・・」
 日高は、唇の端が愉悦で緩みそうになるのを必死で堪える。
「しかし・・・黄泉の裔を撃退する際に、不覚ながら我が愛車が尊い犠牲になってしまいました。つきましては・・・」

「そうですか。それでは、新しい車の購入代金は、貴方の給与から差し引いておきますので」
 真柱は笑顔を湛えたまま、そう言った。
「は・・・?」
 日高は納得のいかない表情で、顔を上げる。
「し、しかし。それは・・・」
「それとも、新車を日の宮の方で購入する代わりに、貴方がここを直してくれると言うのですか?」
 そう言われて周囲を見回してみると、石段に続く周辺の木はことごとく薙ぎ倒され、入り口にある鳥居は大きく傾いている。その上、宮の屋根瓦は全て吹き飛ばされていた。
 あの時飛行機が日の宮に急接近した際に、直撃こそしなかったもののその被害は甚大だったのだ。
「あ〜。確かにこら酷いなぁ」
 和也はきょろきょろと首を忙しなく動かしながら、その被害状況に顔をしかめる。
「残念だったな、日高。気の毒だが諦めた方がいい」
 楓はそう言ってぽんと日高の肩に手を置くと、石段を上って行ってしまった。
「さ、さあ行くぞ、みる。俺達も片付けを手伝わないと」
 日高の哀愁漂う後ろ姿に耐えかねた樹生が、日の宮に向けて駆け出す。
「あ・・・ま、待って。樹生君」
 みるは日高の方にちらりと視線を送ったが、やがてぺこりと小さく一礼すると、樹生の後を追って行った。

 やがて石段下には、笑顔を湛えた真柱と、ショックで呆然と固まったままの日高の二人が残される。
「か・・・」
 かろうじて、声を絞り出す。
「・・・かしこまりました・・・」
 そう言って日高はがっくりとうなだれると、借りていたリムジンを返却するべく、とぼとぼと市街地へと引き返していった。



−Fin−



〜 其の番外 後書きだ! 運転手(プロ)!! 〜

 はい、ここまでこんなお馬鹿なストーリーにブラウザの×ボタンを押すことも、「戻る」ボタンを押すこともなくお付き合い頂き、大変お疲れさまでした。そして、まことに有難うございます。前作『運転手(プロ)の独り言』の続きというか、またも日高のSSです。

 前作と同様に、今回も私は裏に徹しようと思っていたのですが、諸事情によってこうしてノコノコとしゃしゃり出ることになってしまいました(^^;
 一応、作品の解説をしておきますと今作は三部構成になっておりまして、後に行くほど話が濃くなって参ります。最後なんてアレですし(笑)。改めて振り返ってみると、もう完全に別キャラと化しちゃってますね日高さん。ともあれ、皆様にとって拙作が少しでもお楽しみ頂けるものであれば幸いです。 それでは、またどこかでお会いしましょう。
Mr.Volts


 またやっちゃいましたwもう日高さんのかけらもありませんw
 今回のお話を作ったキッカケですが、『その壱』は街をVoltsと歩いていたら易者がいたから、『その弐』は私がRemember11をやっていたから、というどうしようも無い理由からです。
 『その参』に至っては・・・Voltsとの会話で、日高さんの偽者がいたらとなり→偽者=ア○バ→「貴様は断じてト○では無い」→『お前は断じて運転手(プロ)ではない』という台詞を言わせたかっただけですw 
 今回やりすぎたかも知れませんが広いお心で見てやってください。
 それでは失礼します。
A/Z