『名もなきひよこの奮闘記』
神楽創志



 ――ころころ、ころころ

ひよこ(名無し)が因幡のところに居候し始めてから1週間が経った。
ついさっき、因幡は用事があると言って部屋を出て行ってしまった。今は一人でなぜか床を転がっている。
別に構って欲しいからではない。ひよこはあることで悩んでいるのだ。

「ウ〜ム・・・・・・・・・・・・・・・」

ワガハイは名もなきひよこ。
今ふと思ったのだが・・・・・・ワガハイには名前がない。
別に昔から名前がない人生、否、ひよこ生を送っていたので特に困っているというわけではないのだが・・・
『もの』には良かれ悪かれ必ず名前がつけられている。
この世には言霊というものが存在し、名前もそれの一種である。
そして名前という言霊――それすなわち自分の存在意義を証明するもの。自分がこの『世界』で存在しうるためのひとつの要素といえよう。
またその名前を言霊として考え紐解いたとき、自分に課せられた使命や役割が明確になるともいわれている。
今まで各地を転々としていた自分はあまり考えたことかなかったが、最近日本に来て、人と交わることでその言霊の重みを痛感するのである。
「ウ〜ム、これなかなか複雑なり」
名前について、少し自分の身近な例を挙げて考えて見るとしよう。
 
・・・・・・・・・・・・・・・(考え中)

1.日向楓
楓とはカエデ科カエデ属の植物の総称。世界に約二〇〇種、日本に十数種あり、日本産ではイロハモミジ類がその紅葉の美しさで代表的である。
ウム、まあ全然関係ないか・・・・・・
要するに『楓』とは彼女の美しさを一言で表したものであろう。
彼女の凛とした瞳、姿が醸し出す『和』の情景。
確かに楓の名にふさわしいといえるな。
 
2.朝比奈和也
いつもへらへらとした雰囲気を放っているが、あれは彼なりに場を和ませようとしているのだろう。
それが彼の名の『和』の由来ではなかろうか。
しかし因幡も何かと彼に食いつくが、力量はともかく頭だけで言うならば、因幡はもちろん、あの日向楓という娘よりもキレるかもしれん。

3.因幡
ウム。忘れてはならん、わが同士の名は・・・・(考え中・・・思考中・・・ころころ
旧国名の一。鳥取県東部に相当。因州(いんしゆう)。
・・・・・・・・・?
鳥取・・・・・・・・・・ああ、鳥か。
無理やり納得、ということにしておこう。
 
だがこう考えてみるとなかなか奥が深い。
まあ自分の解釈に過ぎんが・・・・
「ウム、名前とは難しきものなり・・・」
「・・・・ひよこさん、さっきからなにのたうち回ってるんですかぁ〜?」
そうこうしているうちに因幡が帰ってきていた。
しかしひよこは完全に自分の世界に入っているため、まだ因幡が帰ってきたことに気付かず、ころころと床を転がっている。
ひよこ自身相当悩んでいるわけだが、所詮はひよこ。きっと傍から見れば、やけにでかく丸いひよこが構って欲しくてじたばたしているようにしか見えないだろう。
「おぉ〜い。ひ〜よ〜こ〜さぁ〜ん」
「・・・・・・ウム?因幡か。おかえり」
因幡がしゃがんで声をかけるとひよこもやっと気がついた様子で返事をした。
「ウム、じゃないですよぉ〜。もう何度も声かけたのにぜんぜん返事しないんだものぉ」
「う、すまない・・・ちょっと考え事をしていてな・・・」
「考え事ですかぁ〜」
「ウム・・・まあたいしたことではないのだがな・・・」



リビングに行き、ひよこは因幡に今まで考えていたことを一通り話した。
因幡は椅子にに座り、ひよこはテーブルの上でアイスコーヒーを飲んでいる。
ちなみに因幡はミルク、砂糖を入れて飲んでいるが、ひよこはブラックを飲んでいる。なんでも甘ったるいのは嫌いで、さっぱりしているほうがいいとの事だ。因幡からすれば、苦味があるほうが逆に口の中に残ってさっぱりどころではないのだが。
「ズズ〜。でもぉ〜ほ〜んとにくだらないですねぇ〜」
甘いアイスコーヒーを飲み干してからクスクスっと笑いながら言った。
「・・・・・・確かにワガハイもさっきはそう言ったが、あらためてはっきり言われると悲しくなるぞ」
「やだなぁ〜冗談ですよぉ〜。確かにひよこさんって名前ないんですよねぇ〜。私は生まれたときからすでにあったって感じだから考えたことなかったけどぉ」
「やはりこの世に生を受けた者として名は持っておいたほうがいいと思うのだ」
「今さらですかぁ〜」
「ウム、今さらだ」
因幡は少し何かを考えたような素振りをしてから、
「じゃあ、まんまるピヨすけって言うのはどうですかぁ〜」
「まんまる・・・・・それはワガハイを馬鹿にしているのか?」
「え〜、可愛いと思ったのにぃ〜」
因幡は真剣に考えてくれているつもりなのだろうが、どうしても少しひよこの意図とずれる。
根っからの天然ぶりに、ひよこも軽くため息をついてしまった。
「じゃあ〜、いろんな人に聞いてみましょうよぉ。その中で一番気に入った名前をひよこさんが決めるってゆーのはどうですかぁ?」
「ウム、それはいい考えであるな」
「よぉ〜っし。それなら善は急げですぅ!」
そう言うと因幡はひよこを抱えて部屋を飛び出した。



因幡は胸元でひよこを抱いて街中を歩いていた。
どう考えても女子高生がぬいぐるみを抱えているようにしか見えない。
「どこか行くあてはあるのか?」
「むぅ〜〜やっぱり手堅く那智様あたりに聞いてみようかなぁ」
「何をやっているんですか?」
「ほえ・・・?」
いきなり声を掛けられて因幡が振り返ると、そこには那智と瀬梨がいた。
「きゃぁ〜ひよこぉ〜♪」
「ピ、ピヨ・・・」
瀬梨は因幡が胸元で抱いているひよこを見つけるなり、因幡から奪い取って抱きしめた。
「もこもこ〜♪」
「あ〜瀬梨さまだめですよぉ〜」
因幡がひよこを取り返そうとするが、そんなこと出来るはずもなく、しばらくしてあきらめるようにため息をついた。
「ふぅ、もういいですぅ。それより那智様たちは・・・・・・買い物ですかぁ?」
よく見ると那智は尋常じゃない量の荷物を抱えている。これなら一ヶ月は何も買わずとも過ごせるだろう。
普通の高校生が持てるような量ではないのだろうが、彼はさも平然とした顔つきで持っているのである。
さすがは黄泉の裔、といったところだろうか。
「えぇ。まったく・・・何で一度にこんなに買うんだか・・・・・」
「だってーいちいち買いに行くのめんどくさいじゃん。いっぺんに買っちゃった方が楽でしょー」
「まあ基本的に楽なのは瀬梨さまだけでぇ、那智様は大変なんですよねぇ」
「案外尻にしかれるタイプなのかな?」
「・・・・・・・・・・否定できないのが悲しいですね・・・」
ひよこのさりげない突っ込みに那智が肩を振るわせた。
その姿から彼が普段どれだけ手を焼いているかが手にとるようにわかってしまう。
そんな会話をしていると、本題から話がずれていることに気が付いた因幡が話を切り出した。
「あ〜、ちがいます。私たちぃ那智様に聞きたいことがあるんですよぉ〜」
「聞きたいこと、ですか?めずらしいですね。何しょう?」
「実はですねぇ〜。ズバリ、ひよこさんに名前をつけてあげてください!!」
「・・・・・・な、名前ですか?」
「そういえばこのひよこ名前ないんだよね」
因幡が身を乗り出して、真剣な眼差しで那智を見つめていた。
那智は考えるようにしてひよこをじーっと眺めていたが、何分かの沈黙のあと先に口を開いたのは瀬梨だった。
「ねぇねぇ、ハリィ=ピョーエルっていうのはどう?」
「・・・・・・なんですか、それ」
「だって〜、このひよこって英国紳士なんでしょ?なんかかっこいいし、それっぽくない?」
ひよこは鶏王の公邸ピョッキンガムで英才教育を受けていたという話を瀬梨達に話していた。
しかし彼が英才教育受けてたとしても、その名前はどうかと思う、というような目で二人と一匹は瀬梨を見つめていた。
その視線に気付いたのか、人差し指を口元にあててまた何か考え出した。
「じゃあじゃあ、ミッドナイトひよこ!」
「それもまた微妙ですねぇ〜」
「ウム。で、それの意図するところは・・・」
「ダンディっぽくない?」
「瀬梨は少し黙っててください。名前をつけるのならやはりかっこいいほうがいいでしょう。例えば・・・・皇餓(こうが)というのはどうですか」
「あ、それカッコイイですねぇ〜」
「やだ〜そんなの可愛くないよぉ〜」
「そうですか?この名前は彼の強さを称えて考えた名だったのですが」
「よし、じゃ〜ひよ山ひよ夫で決まりっしょ!」
「・・・・ってあなたもう考える気ないでしょう・・・・」
「まあ瀬梨様の頭じゃこれが限界ですかねぇ〜」
「・・・・・・・・・・・・因幡。あんた、額に肉って書いて岩括りつけて日本海に沈めるわよ・・・・」
瀬梨が指をこきっ何回もと鳴らした。
さっきとは一変してまるで鬼のような殺気を因幡に放っている。本気だ・・・
因幡は前、瀬梨に「簀巻きにして日の宮に放置」とかいうバツゲームをやられそうになったことがあった。 完全に有言実行なタイプなのである。またこの手のタイプは一度本気にさせてしまうと取り返しがつかなくなってしまうのが一般的だ。
「ふえ〜肉だけは勘弁してくださ〜いぃ」
「・・・ダメのは肉のほうですか」
那智の突っ込みも気にせず、因幡は二人から逃げるように猛スピードで駆け出した。
「あ!ちょ、因幡!」
「・・・ちっ」



因幡はあのあとしばらく全速力で瀬梨のお咎めを免れた。
「ふぅ〜、酷い目にあったぁ〜。瀬梨様もホントに意地悪よぉ」
「・・・・・・・・おまえ、人のこと言える立場でなかろうに・・・」
「え〜何でぇって、え!!」
後ろを振り向くとそこにはさっきまで瀬梨に抱かれていたひよこがいた。
因幡は自分が逃げるのが精一杯でひよこのことをすっかり忘れていたのである。
「わ〜ごめんなさい〜、すっかり忘れてましたぁ。・・・でもよく追いつきましたねぇ。私全力で走ったつもりだったのにぃ」
「ワガハイを甘くみるでない。これでも100m8秒で走るくらいの実力はある」
このひよこ、空を飛ぶために体を鍛えに鍛えて、すでに人並みを通り越した力を身につけている。
もちろんいくら体を鍛えたとしても空など飛べるはずもない。まあそれに気がついた事自体ごく最近なのだが・・・・・
「ふ・・・結果的に力がついたのだから、あまり人を馬鹿みたいに言う出ない」
「・・・・・・・・・ほえ?誰に言ってるんですかぁ?」
「気にするな、天の声が聞こえただけだ」
「・・・・??」
因幡は少し気になったが、それ以上突っ込むのはやめにした。向こうのほうから樹生たちが来たからである。
「あ、樹生様だぁ〜」
因幡は樹生、みる、楓、和也の4人のもとへ走った。
因幡を見つけるなり、楓が鋭い目をさらに細くして、殺気を放ち始めた。
すでに臨戦状態といった雰囲気である。
しかし和也はというと、黄泉の裔である因幡が走って来るというのに、警戒するどころか、まるで友達にでも会うかのようにへらへらしながら因幡に話しかけた。
「おう、ひよこやないか。またやられに来たんか?」
「うっさい、おっさん。あんたは黙っててよぉ〜」
「おっさんゆーな」
「樹生様も早くこんな奴らと縁切ってこっちに来ればいいのにぃ〜」
「あー、それはできない相談だな」
樹生は因幡に苦笑しながら言葉を返す。
ここまで来ると楓にはもうさっきまでの殺気はなく、和也達のやり取りただを見守っている。
しかし仮にも彼らは敵同士。いつからこんな風になったのか。
これは言うまでもなくひよこが原因である。
今まで幾度となく因幡が樹生たちの前に現れたが、ひよこを連れてきた時だけは決して戦いなどはしないことになっていた。
それは、ひよこ自身殺し合いをあまり好まないこと。また前に一度ひよこの前で楓が因幡にが斬りかかろうとしたところ、ひよこに力で抑えられたことなどが原因であった。
あの時は、ひよこは楓の前にすばやく構え、剣撃を軽々と受け止めたのである。それまでに約2秒。仮にも日神子の守である楓の剣撃をいとも簡単に受け止めたのだ。
受け止められた楓はもちろん、いつも一緒にいた因幡でさえその場の状況を理解するのに数秒かかった。
それ以来、ひよこがいるところで戦いはしない、否、できないのである。
そういうわけで、もしひよこを見つけたときは和也がこうやって因幡と何気ない漫才を繰り広げていた。
この一場面だけを見たら、とても中のいい友達といったところなのだろう。
「まあ、当の本人たちが楽しそうにしてるのだからいいとは思うがな」
「ひよこさん、なんか言いましたかぁ〜?」
「気にするな。天の声がふと耳にな」
・・・・・・・・・・・・・
「ひよこさん、こんにちは」
「・・・・・・ねえ、それ私に言ってるのぉ〜」
「いや、えっと・・・こっちのひよこさんに・・・」
「ウム、やはり名がないのは不便みたいだな」
「いやぁこれは私をひよこって呼ばなきゃいい話ですよぉ」
「・・・・・・・・・おい、何か用があるから来たんじゃないのか?」
場のボケっぷりに疲れてきた楓が漫才を打ち切った。
さすがに毎回こんなことを繰り返されては楓も調子が狂うどころの騒ぎではない。
「因幡よ、この際彼らにも意見を求めるのはどうだろう?」
「えぇ〜・・・・まあ、そうですねぇ〜、そろそろ日も暮れちゃう頃ですしぃ〜」
「何や何や、相談ごとかぁ〜。それやったらなんでも聞いたるでぇ、格安で」
「あんたになんか聞かないわよぉ。ねぇ樹生様ぁ〜。ズバリ、ひよこさんに名前をつけてあげちゃってください!」
「・・・・・・・・・名前?ひよこにか?」
「このひよこさん名前なかったんだぁ」
みるが驚くように言った。
「確かにひよこに『ひよこ』ってのは少し安直だよな」
「ひよこ、ヒヨコ〜。あれ、日与子?雛夜子???」
「・・・・・・・あ〜みる、それ以上深く考えるな・・・頼むから」
樹生はそういってみるの肩に手を置いた。きっとこれ以上考えさせたら、頭から煙が出るだろう。
実際みるの目がもう点になっていて、今にも天然オーラを爆発させようとしていた。
「よし、そういうことならワイが雰囲気にばっちり合った名前をつけたるわ!!」
「ほんとぉ〜?なんか頼りな〜い」
「うるさい、ひよこ。そ〜やなぁ〜〜〜〜ひよこはん丸いから『まんまるピヨ彦』っちゅうんはどうや?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・なんやねん?二人ともなにだまっとんねん」
因幡はあっけに取られた顔をしていた。
「・・・・・因幡よ、お前前に似たようなこと言ってはいなかったか?」
因幡が部屋を出る前、すなわちひよこに相談を受けたときに言ったのが『まんまるピヨすけ』
あからさまに似たようなことを言っている。これは二人の思考回路が似たり寄ったりだということを示して いるのではないか。
それならこの二人が普段から漫才を繰り広げているのも理解できる気がする。
「なあ和也。それもそれで安直じゃないか?」
「がーん!(樹生様に安直って言われたぁ〜)」
「そないなことないって!最初は『まんまるピヨすけ』にしよう思ったけど、それやとありきたりやからって『ピヨ彦』にしたんやで!ちゃんとひねったやん!!」
「またまたがーん!!(なに?私っておっさんとおんなじ思考回路なのぉ?てゆーかもしかしてそれ以下?)」
因幡はすでに顔が真っ青になっているが、誰も気付く気配はない。一人石のように固まっていた。
「ウム・・・やはり名前というのは難しいな。樹生は何かあるかな?」
「え、俺?え〜と・・・・し、翔之助とか・・・・」
「ウ〜ム、翔太郎か・・・・・・・・楓は何かないのか?」
「私か?・・・・そうだな・・・・・・例えば『ひなた』かな・・・・」
楓は少し考えたようなしぐさをして言った。今まで聞いてきた中では一番真剣に考えてくれているように見える。
「ひなたか・・・・何か意味があるのかな?」
「ひなたの『ひな』はひよこの雛(ひな)だ。また日向(ひなた)というように、お前のいるところには日が差したような明るい雰囲気に包まれる。そういった感じだ」
「ウム・・・・・・なるほど」
さすがは楓だ、と正直に思ってしまった。やはりこういうことでは何かと頭が回るのが早い。
「・・・・・・・・・・・・・は!!ひよこさん大変ですぅ!!!」
ひよこが楓の話を真剣な表情で聞いていると、さっきまで固まっていたはずの因幡が突然声を上げた。
「な、どうした因幡よ」
「もう6時近いです!早くしないと『激撮!可愛いわんにゃんベスト100』が始まっちゃいますよぉ!」
因幡はそういうと先程と同じように全速力で走り出した。もちろんひよこを置いて。
「なっ・・・・まったく、忙しいやつだな・・・・」
「ウム、まあアレはあいつの長所だと思ってくれ」
「度を越えた長所は時として短所になりうる、というが?」
「否定はせんよ。・・・・ではワガハイもそろそろ行くとしよう」
「なんや、結局名前は決まったんか?」
「いや、結局決まらずじまいだったようだ。ま、気長にやるさ」
「ひよこさん、またね」
「元気でな」
「ウム」
樹生たちはひよこ別れを告げ、ひよこも彼らに別れを告げた。
「・・・・ひなた。もし気が向いたならこちらに来い。ニワトリ小屋程度なら用意してやる」
「・・・・ウム・・・・・・まあ、気が向いたらな。今はまだ彼女のそばにいさせてもらう。っというかまだひなたって呼ぶな」
ひよこはそういうと、もうとっくに見えなくなった因幡のあとを追って走った、100m8秒の足で。
楓は微笑しながら彼の後ろ姿を見送った。



「何とか間に合ったぁ〜」
あの後全速力で家に戻った二人はそのままテレビにかじりついていた。
「ウム。ひよこのワガハイが言うのもなんだが、なかなか犬猫というのも愛くるしくていいものだな」
「そうですねぇ。・・・・・・・・・・まあ、人間みたいにな怨みあったりしないし、醜く争ったりもしないしですし・・・・」
「・・・・・・そうだな」
因幡は珍しく低く、沈んだような声でつぶやいた。
因幡と暮らし始めてまだ一週間しか経っていないが、ひよこは何度か彼女が黄泉の裔なのだと痛感する瞬間を垣間見たことがある。
人を憎み、人を食らい、この世を壊そうとする存在。
普段の彼女だけを見ていればそんなことは信じられないのだろうが、彼女はそういう世界の人間、否、ものなのだ。
「・・・・・・なあ、因幡。」
「ふぇ、何ですかぁ〜」
さっきの沈んだ声とは違い、何気ない気の抜けた返事をする。
「おまえは人間のように話し、考えるひよこをどう思う?」
生まれたときからそうだった。なりたくてなったのではない。
もし普通のひよことして生まれてきたなら、今頃立派な英国貴族のニワトリとして名誉ある一生を送っていたかもしれない。
しかし、この丸い体。人語を理解し、しゃべる力。人知を超えた神力。そのせいでなくしたものは多けれど、得たものもそれ以上にあると 今は自信を持って言える。
「・・・・・ふふ、なぁ〜にいってんですかぁ。ひよこさんはなんであろうとひよこさんですぅ。私の大事な友達ですよぉ〜」
因幡のいつもと変わらない笑顔。今の彼にはそれが支えに思えた。
「ウム、そうだな。すまん、へんなことを聞いた」
「変なひよこさ〜ん」
――もし気が向いたならこちらに来い
(彼女がワガハイを友達といってくれる間は、ワガハイも彼女のそばにいよう。大切な友達だからな・・・・・・)
「あ〜、そういえばぁ名前決めてませんでしたねぇ〜。なんかいいのありましたかぁ〜?」
「ウム、ないわけでもなかったのだがな。まだ決心がなかなかつかないのだ」
「ほえ〜、私思ったんですけどぉ〜、名前別になくていいんじゃないですかぁ〜?」
「ウム・・・しかしな〜」
「さっきも言いましたけど名前があってもなくても、ひよこさんはひよこさんですぅ。いまはそれで充分ですよぉ」
「・・・・ウム・・・・・・まあ、今回はそれで納得するとしようかな」
「私はひよこぉ〜ひよこさんもひよこぉ〜〜♪」
因幡は微笑しながらワケのわからない歌を口ずさんでいた。

ウム・・・・どうやらワガハイはまだ当分名無しのようだ。
しかしあせることはないだろう。今のところは彼女のように気長に生きるとしよう。

ひよこはそう心の中で思うと、グラスについであったアイズコーヒーを飲み干した。