夕暮れの空は赤かった。
 薄雲は暗く、自ら闇を作ろうとしている。
 四角い影たちはすべて、横に長く伸びている。
 闇の乱立、赤と黒の世界。


――――そんな中で俺は立ち尽くす――――



幻は黄昏の中に消えて
おんち佐藤




「・・・・・・・しょ・・・・・きしょ・・・・樹生!」
 意識が覚醒してくる。脳みそをがちがちに固めている疲れは、なかなか落ちようとしない。
 呼びかける声は、母さんだと判る。
 だがまぶたを開けることができない。
 起きられないなら、このままもう一度・・・
「樹生!自分からお友達を誘っておいて、寝るなんて失礼よ!早く起きなさい!!」
 ああ、母さんが怒るなんて珍しいな・・・
 あまり回らない頭で、そんなことを考えた。
 体は重く、倦怠感で縛られているようだ。
 ・・・動きたくない。
 とりあえず目だけ開ける。
 最初に目に入ってきたのは、ベッドに浅く沈む自分の腕だった。
 寝相が悪かったのか、シーツにはたくさんの皺が寄っている。
 この格好・・・蜘蛛の巣にかかった虫みたいだな。
 ボーっとしているとドアが開き、俺を喰いに来た蜘蛛・・・もとい、俺を起こしに来た母さんが目を吊り上げていた。
 寝ぼけたままなんとなく質問をしてみる。
「友達をって・・・どういうこと・・・?」
「学校から帰ってくるときに、一人お友達を連れてきたでしょう?彼ずっと待っていたのよ。ほら、早く行ってあげなさい」
 おかしい・・・
 ありえない事実で、幾分か頭がクリアになる。
 ゆっくりだった思考が早くなり、ついでに体の倦怠感も薄れていく。
「ちょっと、待ってくれ。帰ってくるときは、確か俺一人だったはずだ」
「まだ寝ぼけているのね。樹生が玄関をくぐったすぐ後に、彼、堂々と入ってきたわよ。同じ制服だし、お友達でしょう?」
 一体どうなっているんだ?
 そんな記憶はない。
 分からない事実を何とか理解しようと、俺は今日の出来事を振り返ってみた。


 朝はいつも通りだった。
 父さんと母さんに挨拶して朝食をとり登校。
 教室に着いたら、顔見知りに一通り挨拶をして席に着く。
 授業も至って普通だった。
 日向はまじめにしていて、姿勢も正しかった。
 和也は相変わらず寝てばかりいた。さすがに、毎日だと呆れてしまう。注意したら「睡眠学習しとるから心配あらへん」と返された。これは冗談か?
 みるは居眠りしそうになっても、一生懸命に授業を受けていた。
 4人での昼食を通り過ぎ、最強進化した睡魔と闘った5時間目。担当は、退屈で厳しいことで有名な先生だった。いつもどおりなのは日向と和也だけで、あとはみんな生気のない目をしていた。
 今日は6時間目には体育があった。
 5時間目の鬱憤を晴らすように、みんな張り切っていた。
 男子の種目はバスケ。自然と、背の高い俺にパスが集中する。
 その所為で、俺はチームの中で一番動いていた。
 シュートは18本決めたが、当然バテ気味になる。
 和也は違うチームで、俺と同じくらい動いていたみたいだが、ほとんどバテていない。鍛え方が違うのだろう。
 女子は創作ダンス。一生懸命やっているグループは、手を上げ首を振る摩訶不思議な宗教集団に見えてしまう。
 サボり気味の女子達が、男子の応援をしている。教師は見て見ぬ振りをしている。体育教師は厳しいもの、と相場が決まっているはずなのに、ここは違うのか。
 シュートを決めるたびに黄色い声で名前を呼ばれる。
 表情には出さないが結構恥ずかしい。
 休む間もなく、3試合を消化して授業終了。
「いいよなぁ」
 クラスメートが俺に向かって、そんなことを小声で言っていた。
 そいつは背が小さいことを気にしているから、たぶん俺の身長のことを言っているのだろう。
 あまり気にせず教室へ向かう。

 HRがとても長く感じられる。
 早く終われと念じて秒針を見つめていたが、余計に長く感じてしまった。
 俺は、疲れで机に突っ伏したくなるのを、必死に我慢する。
 終わりのチャイムが鳴る。
 崩れそうになる体を何とか支え、かばんを持って立ち上がる。
 思えば、このだるさは体育の所為だけではない。
 戻って着替えている最中に、和也がとてもうるさかった。
「みる様どころか、わいの未来まで奪っていく気か。この、女誑し!!」
 確かそんなことを言ってきたような気がする。
 そしてなぜか母さんの事をしつこく聞いてきた。
 目が血走って涙を流していた。
 こいつもこんな顔するんだな。
 ・・・どうせなら他の時に見たかった。
 質問攻めはまさにマシンガンのようで、和也が体操服を脱いでいる最中も続行された。
 顔が見えないまま迫ってきて、逆に迫力があった。
 そのままSHRを迎え、やっと責め苦が終わる。
 また、迫られるのは御免だ。和也・・・悪いが・・・
 ブッチギル!!
 SHRが終わったら即行で学校を出ようと決意する。
 昇降口までは早歩き、靴を履き替えたら猛ダッシュ。
 軋む筋肉を無理やり動かして駆け抜ける。
 あと少しで風になれた。
 そして俺は、体育で肉体的に、和也で精神的に疲れさせられて今に至る。


 思い至った・・・
 ああ、思い至りやがりましたよこのヤロウ!
「和也かーーーー!!」
 家庭崩壊なぞさせてなるものか!
 疲れも忘れ、一気に階段を駆け下りる。
「しょうがないわね・・・」
 背中で母さんの小言を聞きながら、廊下の直線で加速する。
 2足ドリフト走行になりそうなのを抑えて、居間へ猛ダッシュ。
 ドアを手早く開けノンストップで突っ込む!
 ガスッ
 居間に入った瞬間、横合いに殴られた。
 殴られた勢いで吹っ飛び、テーブルの下に納まる俺。
「学校から家まであれだけ走っといて、元気ええやっちゃな〜」
 片手をスッチャッと挙げて、しまりのない顔で笑っている和也が見える。
 こめかみに痛みと違和感が生じてくる。
「お・・お前・・・」
「樹生が元気すぎると、わいが困るんや。せやから少し大人しゅうしててもらうで」
 痛みが曖昧になり、少しづつ眠気がぶり返してくる。
 よく見ると、和也の拳に何か札のようなものが貼ってあった。
「日の宮の奥にしまってあった超強力なやつや。最近見つかった秘法中の秘法!!これぞ樹生コロリや!」
 こんなことに使うな!!
 ゆっくりとまぶたが重くなってゆく・・・
 とんとんとん
 近づいてくる足音は母さんのもの。
 来ちゃだめだ・・・
「わいの事、おとーちゃんと呼んでもええで?」
 このままだと和也に母さんを・・・
 御免、父さん・・・
 視界が急速に暗転して――――


――※――


 気がつくとお昼だった。
 金木犀の下で眠ってしまったみたいだ。
 となりに僕と同い年の女の子が寝ている。
 とてもやわらかそうな寝顔。
 ちょっと勇気を出して女の子の頭をなでてみようと思う。
 手を伸ばそうとして、女の子が目を覚ました!!
 僕はひとつの石像になった。
「あれ・・・?えっと・・・」
 女の子はあくびをしながら起き上がった。
 そして、グルリと僕のほうに向き直る。
しなやかな髪がふわっと舞う。
「? どうしたの?」
 固まったままの僕に話しかける。
 僕は、手を前に出したままのへんな格好だった。
「っ・・・いやぁ、なんでもなかとー」
 ぎこちなくても返事はできた。
 でも口調がいつもの僕じゃない・・・
「お花見してたら、ねちゃったね」
 ほころぶような微笑。
 きっと、暖かいってこのことだ。
 桜が咲いてなかったから金木犀でお花見。
 お弁当も飲み物もないけど、話しているだけでとても楽しかった。
 花びらよりも花粉がたくさん落ちてきた。
 ふたりとも服はオレンジ色。
 キーンコーンカーンコーン。
「あっ、お昼だから帰らないと・・・」
 とても残念そうな女の子の声。顔も声と負けないくらいだった。
「また明日遊ぼう」
「うん」
 約束して家に帰る。
 いつもなら午後も遊ぶんだけど、「今日は帰ってきなさい」って言われてるから帰るしかない。
 明日は何しようかな、なんて考えながら家まで歩いた。
 今から楽しみだ。
 風が吹き、花粉だらけのシャツがめくれる。
 柑橘系に似た香りとともに、視界がさえぎられて_______


――※――


 ゆっさゆっさ
 ゆれている
 ゆっさゆっさ
 ゆれている

 こえがきこえる
 ひとがいる
 だけどこわくて
 だれだかわからなくて

 なきだした
 なにかをもとめて
 なきだした


――※――


 頬に冷たくて固い感触。おかげで目が覚めた。
 どうやら墓場で寝ていたらしい。
 自分の神経の図太さに呆れる。
 始まったばかりの夜、日が沈んだのに完全な黒じゃない。
 俺は葬儀が終わって、仏の収まった墓の前に立っている。
 埋葬のあと、ここにずっととたって居たら眠ってしまったようだ。
「母さん・・・」
 さっきまで見ていた夢を思い出してみる。
 情景がフラッシュバックしたような気がした。
 だが、それだけだ・・・
 何かを見ていたのは分かるが、その何かが思い出せなかった。
 ただ・・・
ありえたかもしれない情景
あったかもしれない出来事
 そんな幻を見た気がした。



 静かな夜の風が、風の波を作る。
 さざ波の音 やさしい半月 夢でなかった人たち
 過去がここにある。平和だった俺がここに居る。
 ・・・

 ただ、進むと決めたから・・・
 それは別れの言葉

「父さん、母さん・・俺・・・
 全てと向き合うよ」

 それは未来への誓い

fin


あとがき

 つたない文章を読んでいただき、ありがとうございました!!
 ss書くことを掲示板で予告しましたが、見た人少ないはず!管理人さんにさえ忘れられているかも!
 このお話は、言わずもなが、「樹生、母の葬儀その後」ということになってます。
 あんまり上手く書けた自信はありません・・・
 というかそれ以前の問題で、掲示板の予告内容とまるっきり違う今回のSS(本来ならば「御神酒」が出てくるようなお話を書いているはずが)
 実は最初、予告どおりのものを書いていたんですが、書いているうちに新しいアイディアが浮かんできて、いきなり路線変更!! 結果こうなりました(汗)
 近いうちに本来書いていたものも完成させたいと思います。

 さてさて、今回のssは「Sin本編で使われている設定を、重要なところ意外使わずに書こう」がテーマでした。(成功? 失敗? う〜ん、微妙)
 ちなみに私は、夢を連続して見ると、その時間がどんどん短くなっていきます。今回はそれを取り入れてみました。(けっ・・決して作者がへばってきた所為じゃないからね!!)
 最後の夢は、一応樹生の物心がつく前の記憶ということになってます。
 あと、バスケの話も作者の実体験がモデルになってます(女子騒ぎなし)。実際には、身長188cmと彼より6cmも高いんですが・・・。
 それにしても、雰囲気の統一感がない。
 うう、ごめんなさい・・・、
 そうなってしまったのも、書いている時の作者の状態が、二日酔い、寝不足、下痢、不健康型ハイテンション、食べ過ぎと、さまざまなステータス異常にかかってしまったからです。
(今は風邪気味)
 それというのも、国家試験の勉強、お付き合いでウィスキーボトル1本、課題、SS書きと欲張って、無理して同時進行したからにほかなりません。
 具体的に言うと、一日平均睡眠時間が4時間で、それを10日間です。
 皆さんは真似しちゃだめですよ〜

 長々と書くといけないので、この辺で。

(本編よりも、あとがきのほうが書きやすいのって、どうしてだろう?)